「河村隆一というエベレスト級の存在が僕にとっての歌だった」 INORAN、『ニライカナイ』再録盤で目指したもの

INORANが語る『ニライカナイ』再録盤

 LUNA SEAのギタリストとしてデビューし、1997年にソロ活動をスタートしたINORAN。時代ごとにさまざまな音楽性の作品を発表してきた彼が、2007年の同名アルバムを再録した『ニライカナイ -Rerecorded-』をリリースする。ソロとしての表現はもちろん、FAKE?、Muddy Apes、Tourbillonといったバンドでも作品を生み出し、枠にとらわれない変化を楽しんできたINORANが、今“再録”に挑戦する理由とは? 作品に込めた想いから、YouTubeなど音楽以外の分野にも広がっている好奇心の源に迫った。(後藤寛子)

未来のために必要だった“再録”という選択

INORAN(撮影=池村隆司)

――再録というアイデアが出てきたのは、どういうタイミングだったんですか?

INORAN:2023年にLUNA SEAで『MOTHER』と『STYLE』の再録をやった影響が大きいですね。リメイクという作業には、ただ単純に焼き直しするだけではない物語がたくさんあるのがわかって。ソロでやってみるのもいいなと思ったのがきっかけだと思います。

――再録するにあたって『ニライカナイ』を選んだのは?

INORAN:スタッフのなかでも「このアルバムが好きだ」という人が結構いたんです。もちろんほかのアルバムもそれぞれ思い入れがあるんだけど、『ニライカナイ』が特に引っかかりが強かったから、この作品を選びました。

――ソロ活動10周年である2007年にリリースされた作品ですが、当時、どんな気持ちで制作していましたか。

INORAN:毎回、アルバムはその時の自分のなかでのトレンドを落とし込んで作っていくんですけど、この時は、LUNA SEAが終幕して以降、FAKE?をやったり、Tourbillonをやったり、自分のアルバムを作ったりして、ひと通り回ってきたタイミングだったかな。10年周期ではないですけど、ソロの総決算やまとめに近い感じのアルバムだったような気がします。

――奇しくも2007年末にLUNA SEAとして一夜限りの復活ライブを行うわけで。ソロのINORANとしての歴史を振り返ると、ひとつの区切りとも言えますね。

INORAN:そういうタイミングだったかもしれない。当時の色がすごく出ているアルバムですよね。

――最近のライブではやっていない曲が多いですが、再録をするにあたって聴き直したんですか?

INORAN:実は、そんなに聴き直してはないんです。今もすごく残っている曲もあれば、忘れているとまではいかないけど、記憶の奥に埋まっている曲もあって、「どうやって挑んでいこうかな」「どう料理していこうかなという気持ちで向き合っていきました。リリースから18年という年月はやっぱり長いので、あらためて『ニライカナイ』という扉を開いた当初は、自分だけど自分じゃないようなところがたくさんあったり、「やっぱり自分だよね」と思うところがあったり、いろんなものが混在している印象でした。

――「今ライブでやるならこうなる」というアプローチなのか、「曲としてアレンジし直すならこうなる」というアプローチなのかというと?

INORAN:最近の自分だと、両方考えますね。今の(バンド)メンバーでやるとどうなるかを想像しながら作る部分と、逆にそこは無視する部分もある。ライブでやっていないぶん、体に染みついていないので、新鮮さがあって面白かったです。

――INORANさんのソロは、『Shadow』というインストアルバムがあったり、ギターを弾いていない『ANY DAY NOW』というアルバムがあったり、いろいろなことに挑戦されていますよね。そのなかでも『ニライカナイ』は、INORANさんの音楽のいちばんベーシックな部分を感じられるように思います。

INORAN:今回、再録する作品を『ニライカナイ』に決めたのは、そういう理由もあるんでしょうね。誰しも20代から30代の頃は、人が決めた自分の印象に対して「私はそうじゃない」と思って、もがいたりするじゃないですか。だから当時は「INORANらしさと言えば『ニライカナイ』だよね」と言われることに対して、「もっとほかにもあるんだよ」「これだけじゃないんだよ」と抵抗したかった部分があったんだと思う。今、そういうことをやっと認められるようになったから、再録に臨めたのかもしれない。もちろん、このアルバムのその先があっての話です。その先を考えるなかで、今はこれをやらなきゃいけないんだろうなと思ったんです。

――今、あらためて自分自身を確かめる作業が必要だ、と。

INORAN:そうですね。自分と向き合う確認作業のひとつとして。

――それこそLUNA SEAでの再録作業や、過去作をフィーチャーした『LUNA SEA 35th ANNIVERSARY TOUR 2024 ERA TO ERA』ツアーもありましたし、何かそうすべきタイミングやサイクルが巡ってくるんでしょうか。

INORAN:あるんだと思います。今までの活動のなかで、「ああ、なるべくしてこうなるんだな」と思うことはたくさんあったしね。そこは受け入れるべきというか、流れに逆らうのは得策ではない部分のほうが多いと思う。

「歌えるようになってきた感覚はまだまだ全然ない」

INORAN(撮影=池村隆司)

――LUNA SEAの『MOTHER』『STYLE』再録の時、INORANさんが原曲を制作した曲は結構新しいアレンジが加わっていた印象でした。今作でも、オリジナルを活かしつつ、アレンジを加えるところは大胆に加えていますよね。

INORAN:そこはもう感覚ですね。たとえば、このアルバムがAerosmithやマイケル・ジャクソンくらい誰のなかにも染みこんでいる作品だったら、変えるのは大変だと思いますけど(笑)、そんなレベルではないと思っているから、そこは自然に。2007年に作った『ニライカナイ』という絶対的に動かないものがあるなかで、どう見るか、どう感じるかだけでしたね。アルバムが山だとしたら、18年ぶりにその山に登るって時に、昔と同じ登り方では面白くないじゃないですか。山は山で絶対変わらないけど、道路ができたりしているだろうし。そのうえで「どうやって登ろうかな?」「どうやって眺めようかな?」という感覚。

――18年前とは使うギターも変わっていますし、同じフレーズを弾いても自然と変わっている部分もありますよね。

INORAN:同じようには弾けないし、同じようには歌えない。変わってしまう部分を含めて、どうリメイクをしていくかなんですよね。インスト曲は少し難しかったけど、何日か悩んだあとにパッと作ったものだし、全体的にあんまりシステマティックな思考では考えていないです。

――INORANさんは常に感覚を大切にされている印象があります。

INORAN:じっくり考えたところで、テクニックやスキルのストックがあるわけではないので、感覚でいくしかないんですよ。

――18年前から感覚を大事にするタイプでしたか?

INORAN:うーん……年齢や経験からくる考え方の構造が違うから、比較はできないですけどね。感覚と言っても、当時は今より若いから、もっと何かが燃えていたと思うし、その熱が(エネルギーに)変換されて走っていた部分もたくさんある。今も燃えていないわけではないけど、もうちょっと深い感じがします。今も当時も、音楽という素材を大切するという意味では変わらないんですよ。それをどう調理していただくかという違いがあるだけで。

――今ライブでサポートを務めているu:zo(Ba)さんとRyo Yamagata(Dr)さんが参加されていますが、おふたりの関わり方はどういう形だったんですか。

INORAN:オリジナルの『ニライカナイ』を聴いてもらって、Ryoくんなりに、u:zoなりにプレイしてもらいました。僕はあんまり人に細かく指定することはしないので、彼ららしい感じに仕上がりましたね。そうやって一緒にレコーディングしたベーシックに対して、僕がギターや歌などのウワモノをどう乗せるか考えるのも楽しみのひとつでした。

――INORANさんのグルーヴ感がしっかり身についているからこそ、おふたりも自然に『ニライカナイ』の世界に入れたのかもしれないですね。

INORAN:そうだとうれしいですね。今ソロのバンドでは、やっぱり彼らと一緒にやるのがいちばん楽しいし、自然なスタイルなので。

――また、『ニライカナイ』の大きな特徴として、日本語詞メインというところがあります。近年は英詞が増えていましたが、あらためて日本語詞を歌ってみてどうでしたか。

INORAN:やっぱり18年のあいだに経験したものが積み重なっているのを感じました。たとえばコーラスをやりながら隣でギターを弾いた人からの影響もあるので。もちろんLUNA SEAでのRYU(ICHI)もそうだし、吉川晃司さんの横で弾いたりすると、ボーカリストというもののゆるぎない理想像を感じるんですよ。自分のソロアルバムを作って歌うのも成長のひとつだと思うけど、素晴らしいボーカリストの横でメロディを口ずさみながらギターを弾くことは、とても大きな経験値になっています。

INORAN「Determine」Music Video(ニライカナイ-Rerecorded-)

――1997年にソロ活動を始めてからいろいろ経験を重ねて、ご自身が歌いたい歌を歌えるようになってきた感覚はあるんですか?

INORAN:いや、歌えるようになってきた感覚はまだまだ全然ないですね。理想はもっと上なので。だって、まず最初に河村隆一というエベレスト級の存在が、僕にとっての歌だったわけですよ。そこに到達できるかどうかは別として、到底及んでいないですから。時には逃げたくなることもたくさんあったけど、ここまで歌ってこられたのは、逃げることなく頑張った結果なんだろうなと思います。

――最初は苦手意識があったんですか。

INORAN:そうですね。もともと自分の声が好きじゃないし、今も好きじゃない。誰でも、自分の声って好きになれないじゃないですか。自分の声、好きになれます?

――そう言われるとたしかに……。

INORAN:そうですよね。たぶん、そこがボーカリストになる人とならない人の違いなんですよ。だから、そうじゃないところでアピールをしていくしかない。好きな人に対して自信があるもので勝負するように、歌に関してもそうだと思う。

――FAKE?やTourbillonではギタリストですから、逆に「歌わない」という選択もできたと思いますが、あくまでご自身の歌を続けてきた理由というと?

INORAN:ソロは歌うものだと思っているからかなあ。インストも悪くないけど、歌というものが真ん中にあるのが音楽だという価値観の人間なんです。あと、自分が真ん中に立って歌を歌うことによって、いろんなことができるようになるので。別でバンドを組んでレコード会社と契約して……みたいなことだと、周りのスタッフやメンバーのやりたいことがシュリンクされてしまうと思う。だからこそ、自分が真ん中に立ってやる。それには歌が必要だよね、という話です。今のINORANファミリーは、長年ソロを続けてきて得たもののひとつなので。みんなで楽しむためにアルバムを作り続けてる、という部分は大きいです。

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