タイラー・ザ・クリエイター、トラヴィス・スコット率いるJACKBOYS……来日アーティストが聴かせる今と歴史

 2025年の下半期は、名だたる海外ヒップホップアーティストの来日公演が多く控えている。ここでは、そんな来日公演が控えている2アーティストが、最近届けてくれたニューアルバムをそれぞれ紹介しよう。

タイラー・ザ・クリエイター『DON’T TAP THE GLASS』

 アメリカ・カリフォルニア州出身のタイラー・ザ・クリエイターはヒップホップ界の異端児で、そのオリジナリティを決して崩さない。コレクティブ「Odd Future」の創設者でもある彼は、多様な音楽ジャンルへの造詣が深く、ヒップホップの垣根を越えた広範囲の音楽ファンをその作品で魅了してきた。彼が提供するサウンドは多岐にわたり、毎回異なる表情を覗かせる。別の音楽ジャンルや過去の楽曲同士を繋ぎ合わせて、全く別のオリジナリティを作り出すその様は、ラッパーだけではなく音楽家としても唯一無二のアーティストであることを証明する。

 そんなユニークな存在である彼がリリースしたニューアルバム『DON'T TAP THE GLASS』は、スマホの画面に支配された現代人に贈る“踊るためのアルバム”だ。前作『CHROMAKOPIA』がタイラー自身の内省にフォーカスした内容だったことに対し、本作では楽観的なムードを全開にして、さまざまな過去の音楽を横断していく。彼がSNSにアップしたこのアルバムのリリースに際してのメッセージ(※1)に明確に記されている通り、『DON'T TAP THE GLASS』は人目を気にせず踊れるような空間を作るために奉仕なのだ。それは現代の人々が失ってしまったような純粋さを取り戻すようなアクションでもある。

STOP PLAYING WITH ME

 同時に、斬新な手法で多くの表情を浮かばせるタイラーらしいサウンドのコラージュセンスも健在だ。序盤から途切れることなく溢れるシンセやドラムのグルーヴ、マイケル・ジャクソンのような大ネタから、トゥー・ショート、バスタ・ライムスなどのヒップホップナンバーまで、ごちゃ混ぜに散りばめられる既存曲のサンプリング。彼のシグネチャーである、アルバム中間地点に配置される、ふたつのタイトルを「/」で繋げた楽曲のビートスイッチ(本作では「Don't Tap That Glass / Tweakin'」がそれにあたる)。西海岸派生のファンクや、オーセンティックなR&Bをベースにしながら、休むことなく駆け抜ける30分弱の体感時間は一瞬だろう。今までの彼の作品のなかでも最もコンパクトで軽やかなのは、現実が重々しくなっていくことへの反動のようにも見えるし、それでいて、音楽家としての作家性は失わず、相変わらず“自分らしい”ことをやってのけるタイラーの動きには純粋に元気をもらえる。9月に迫った来日公演でも、わたしたちを存分に踊らせてくれることを期待させる良作だ。

JACKBOYS『JACKBOYS 2』

 11月に来日公演を行うアメリカ・ヒューストン出身のラッパー、トラヴィス・スコット。2010年代からヒップホップシーンの中心にいた彼は、音楽だけではなく、その時代のストリートカルチャーを牽引してきた人物のひとりとすら言えるだろう。彼が率いるCactus Jack Records発のヒップホップコレクティブ「JACKBOYS」は、メインストリームのなかでアンダーグラウンドのムードを濃厚に保っているクルーだと言えるだろう。それには、トラヴィスらしいサウスヒップホップのサウンドオマージュや体現、音楽以外のストリートカルチャーへ接続していく動き方も大いに関係している。コアな音楽性をひとつの魂のように貫く彼らの姿は非常に魅力的だ。

 そんな彼らの2枚目のコンピレーションアルバムは、まさしくサウスヒップホップという文脈の巨大さをあらためて思い知らされるような、ミックステープらしい形式の作品である。全体を現行のトラップ、レイジサウンドで統一しつつ、初っ端からテキサスの大御所バン・BがラジオDJとして登場し、このアルバムの案内役を務めていることや、2曲目「CHAMPAIN & VACAY」でThree 6 Mafiaをサンプリングしていることからも、サウスヒップホップの歴史そのものを繋いでいくような作品であることは明白だ。

JACKBOYS & TRAVIS SCOTT - 2000 EXCURSION

 グロリラやサーベイビーなど、現行を代表する多様なサウスラッパーたちが参加していることも聴き逃せない。2010年代のトラップの隆盛も含めて、サウスエリアがヒップホップの中心地のひとつであることは疑いようもないが、トラヴィスおよびJACKBOYSの面々にとって、自分たちのエリアのサウンドをレプリゼントする内容になっているのだ。また、一作目『JACKBOYS』はハーモニー・コリンがジャケットを撮影していた(トラヴィスはその後コリンの映画『AGGRO DR1FT』に出演)が、本作のリリース前後にも、彼が撮影したJACKBOYS出演の短編映画の存在も噂されている。このように、他ジャンルでありながらも極めてストリート的な感性を持つアーティストと接続していくところも含めて、まるでカルチャーそのものを体現するような彼らの動きにこれからも目が離せない。

※1:https://x.com/tylerthecreator/status/1947248825162240039

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