2025.08.09 12:00

やまもとはると、自分のなかに眠っている可能性と音楽への渇望　1stアルバム『流れる雲のゆくえ』を語る

森雪之丞さんみたいな歌詞が書けるようになりたい

――今回のアルバムでは、サウンドプロデューサーとしてミツメの川辺素さんに参加してもらったんですよね。

やまもと：はい。自分が「もっと魂から湧き出るような歌詞を書きたいんです」と抽象的な相談をした時に、「こうやればいいんだよ」と実践的なアドバイスをくださったことが印象に残ってます。川辺さんは僕にもわかるように、具体的に説明してくださるから、「それなら僕にもできるかも」「僕にもわかる音楽の世界があるんだ」と思えて。「GarageBand」を使い始めたのも川辺さんの影響だし、作曲の本も貸してもらいましたし。勉強したら曲の聴き方も変わって、「なるほど」と思えることが増えました。川辺さんのような、自分が尊敬するミュージシャンに直接教えてもらえる機会なんてなかなかないし、「これってすごいチャンスだ」と思いながら制作期間を過ごしていましたね。

――勉強しながら曲を作っていったんですね。

やまもと：そうですね。勉強し始めたのは制作期間の終盤なので、成果が出るのはこれからかもしれないんですけどね。アルバムのなかで最後に作った「羽根」で、初めて「GarageBand」を使った曲作りに挑戦することができました。「川辺さんがギターを演奏をしてくれるから大丈夫」と思いながら、自分の歌のパートを減らしていったりしたので、今までにない曲になったんじゃないかと思いますね。

――ギターに影響されて、曲の内容が変わることもあったんですか。

やまもと：はい。「初恋の約束」のBメロに〈時折吹く夏風〉という歌詞があるんですけど、これはギターのフレーズを聴いて、「ああ、ここは完全に〈風〉だ」と思って。音を聴いて歌詞のイメージが浮かぶのは、ひとりで弾き語りから曲を作っている時にはなかったことなので、「この感覚は大事にしよう」と思いながら、全体のストーリーを考えていきました。歌詞の初稿を川辺さんに見てもらった時に、「要素が多すぎるかもしれない」と言われたことも印象に残ってます。弾き語りは歌とギターだけだから、耳に届く音のうち、言葉が担う部分が大きいじゃないですか。だけど、バンドの場合は塗り絵するくらい軽い感覚で、この発想はまったく僕にはなかったので、勉強になりました。

やまもとはると - 初恋の約束

――ここまでのお話を聞いて、やまもとさんのなかにあった「曲作りとは」「歌詞はこのように書くべき」というイメージが拡大しつつあるのかなと思いました。

やまもと：それはありますね。制作の順序的には、「フィルムの中」のようにストーリー調の曲も書けた、「君の暮らす街」のようにポップな曲も書けた――そのなかで「じゃあ今度はメロディや歌詞を音に溶け込ませたい」と思うようになったから、「初恋の約束」を書いていました。そういうふうに、自分のなかにある「達成してみたい」という気持ちが曲作りのエネルギーになっていったんです。

――「今後こういうメロディや歌詞を書けるようになりたい」というイメージはありますか？

やまもと：森雪之丞さんみたいな歌詞が書けるようになりたいです。僕、氷室京介がルーツにあるので、いちばん聴いている作詞家は、たぶん森雪之丞さんなんですよね。森雪之丞さんの歌詞は本当に素晴らしいし、僕も歌詞は日本語で書いているので、ヒントはそこにあるんじゃないかと思っていて。ルーツを遡れば、自分がどんな言葉にイマジネーションをかき立てられるのかがわかるはず。たとえば、これからまたタイアップのお仕事をいただける機会があって、いろいろな曲を書くことを求められたとしても、森雪之丞さんという原点に都度立ち返っていくことが、自分にとってはいいんじゃないかと最近考えているところです。

――「羽根」の〈暗い部屋の中で／小さい窓から／覗く世界に怯えてた心／願い続けたなら／飛べるのさきっと〉という歌詞は、今のやまもとさんのマインド、未来へ向かう足取りの軽やかさを象徴しているように思います。かつてのやまもとさんだったら、外へ羽ばたこうとせず、暗い部屋のなかに留まったままだったんじゃないかと。

やまもと：たしかに。2年前の自分だったら、〈覗く世界にずっと怯えてる〉で終わってたかもしれないです。「羽根」の制作中は、何を書こうか悩みすぎて、ヤバかったんですよ。なので、深夜のファミレスでスタッフさんたちに話を聞いてもらって（笑）。その翌日にもうわーっと書いてレコーディングをしました。だけど、それは無理矢理書いた言葉ではなくて。自分が望んだ世界にきっと行けるはずだと本当に思っているんですよ。もちろん100％自分が思った通りにはいかないだろうけど、いろいろな人たちと出会って、いい意味で流されながら、人は生きていくものなんだろうな、って。今回のアルバムを作りながら、あらためてそう思ったんですよね。アルバムタイトルの『流れる雲のゆくえ』も、そういう感覚からきています。

――というと？

やまもと：今回のアルバムを一緒に作ってくださった川辺さんは、これまでの経験で培ってきたものを僕に授けてくださったわけで。長い時間をかけて得た知識や技術を僕の曲に使ってくれるのは、「嬉しい」だけじゃ言い表せないくらい。「申し訳ない」とまでは言わないけど、「頑張らなきゃ」という気持ちになったんですよね。今、“はると雲”と“川辺さん雲”は繋がっているけど、いずれは離れるかもしれない。だけど、離れたとしても、くっついてた時間はたしかにあったから、“はると雲”のなかには“川辺さん雲”の成分が残り続けるんじゃないかな、って。そんなことも考えながら、このタイトルをつけました。

――真の出会いとは一時的な関係ではなく、内面に永続的な変化をもたらすもの。その質量の大きさを、やまもとさんは実感されていると。

やまもと：はい。昔読んだ小説に出てきた「思いを遂げるためには、そこに意志を向けさえすればよい」という言葉が、自分の心のなかにずっと残っているんですよ。「迷ったらこうやって生きていけばいい」という感じで。スタッフさんたちみんなに話を聞いてもらったファミレスでの夜をきっかけに、この言葉を思い出して、「羽根」のような歌詞を書くことができたんだと思います。

――やまもとさんは、ここからまた、出会いや別れや変容を重ねながら音楽を紡いでいくわけで。1stアルバムにふさわしい、音楽家人生の出発点のような作品になりましたね。

やまもと：「いい作品になってよかったな」と思っているんですけど、やっぱり次の作品のことを考えちゃいますね。もっと新しい要素を自分のなかに取り込んでいきたいし、今までとは違う一面をどんどん出していきたい。今はそんな気持ちでいっぱいです。