やまもとはると、自分のなかに眠っている可能性と音楽への渇望 1stアルバム『流れる雲のゆくえ』を語る

やまもとはると『流れる雲のゆくえ』を語る

 2000年生まれのシンガーソングライター、やまもとはると。彼が初めてのアルバムを9月3日にリリースする。

 地元・福岡から東京に出てきて、いろいろなアーティスト、ミュージシャンに出会い、さまざまな景色を眺め、そうして過ごした時間のなかで生まれ、紡がれた10の楽曲たち。それを収録したアルバムに彼は『流れる雲のゆくえ』という名前をつけた。「いい意味で流されながら、人は生きていくものなんだ」――やまもとはるとは、このアルバムの制作期間にそんな気づきを得たのだという。弾き語りから始まった彼の音楽が、今どのようにして鳴っているのか。そして、流れることの意味を知った今、どのようにして自分自身と対話をしているのか。じっくり話をしてくれた。(編集部)

初めてのアルバム完成――探り続けた“自分の方法”

やまもとはると(撮影=三橋優美子)

――リアルサウンドでのインタビューは約2年ぶりですが、この間にもやまもとさんは精力的に活動をしていました。昨年4月から9月には5カ月連続で新曲をリリースしていましたよね。

やまもとはると(以下、やまもと):そうでしたね。当時は「締切がずっとあって大変だな」と思いながらやってましたけど、とはいえ、1カ月に一曲書けば大丈夫だったので。それよりも、今回のアルバムの制作のほうが大変でしたね。アルバムの制作が濃密だったから、5カ月連続リリースの記憶がちょっと薄れつつあります(笑)。

――リリースを重ねるなかで、表現の幅も徐々に広がっていったかと思います。2023年リリースのEP『からっぽのプール』は弾き語り楽曲のみで構成されていましたが、今回はバンドサウンドの楽曲も増えてきましたね。

やまもと:5カ月連続リリースの1曲目「追憶」は、中村タイチさんに編曲していただいたんですけど、ピアノとクラシックギターのみでまとめてもらって。いきなりガラッと変わるんじゃなくて、リリースを重ねるごとに少しずつバンドサウンドに変わっていくようにしました。今回のアルバムに収録している曲は、バンドの音も打ち込みだけではなく、人の手で演奏していて。僕もアコギを弾いているし、みんなで同時に演奏した曲もあります。サポートミュージシャンは素晴らしい方々ばかりで、レコーディングがめちゃくちゃ楽しかったですね。

追憶 - やまもとはると(Official Audio)

――この2年間での変化といえば、他アーティストとの共作楽曲もありました。The Songbardsの上野皓平さん、インナージャーニーのカモシタサラさんとの曲作りはいかがでしたか?

やまもと:あんまり思いつめずに、気楽にできました。「エメラルド」は僕がサラちゃんに「このメロディで歌詞を作ってほしい」とお願いした形だったので、別々に制作したんですけど、「青の鳥」は上野くんと一緒にスタジオに入って制作したんです。お互い思いついたことをその場ですぐに反映させていくのが楽しかったし、自分では「ダメだな」と思っていたメロディが意外と採用されたりしたのも新鮮で。「曲作りってこんなに楽しくできるんだ!」と思いました。

エメラルド - やまもとはると(Music Video)

――やまもとさんはもともと「曲は感情を発露させながら書くものである」という意識のもと、自分自身とじっくり向き合って曲を書くタイプでしたからね。

やまもと:やっぱり疲れちゃう瞬間とか、「自分だけじゃ面白みに欠けるな」と思う時があって。上野くんに声を掛けさせてもらった時期は「曲がなかなか書けないな」と悩んでいたんですけど、共作を経てリフレッシュできたのでよかったです。

青の鳥 - やまもとはると(Official Audio)

――そして、昨年末に配信リリースされ、今回のアルバムにも収録されている「君の暮らす街」は、ドラマ『迷子のわたしは、諦めることもうまくいかない』(中京テレビ)の主題歌でした。ドラマ主題歌の書き下ろしは、この時が初めてでしたよね?

やまもと:はい。よくミュージシャンの方が「お題をもらうと曲を書きやすい」と言うじゃないですか。その気持ちがちょっとわかったような気がしました。主人公の気持ちと自分の気持ちの共通する部分を見つけ出すことができれば、主題歌としても歌えるし、自分の曲としても歌い続けられる。制作期間が短かったので当時は苦労した記憶がありますけど、「ああ、こうやって作ればいいんだ」というふうに自分なりの方法を掴むことができました。

やまもとはると(撮影=三橋優美子)

――曲調もかなり新鮮でした。

やまもと:そうですよね。ここまでポップで楽しい曲はなかったですよね。小西遼さんにお願いしたアレンジも今までとは全然違うものだったし、僕も今まで使ったことのないコード進行を使ったりして。もともとはふたつだった曲を合体させた曲なので、サビの転調がすごいことになってるんですけど(笑)。

――制作期間が短かったという話でした。

やまもと:「この日までに3曲送らなきゃいけない」という締切当日の23時59分に3曲送ったんですよ。そのあと「終わった!」と思ってInstagramのストーリーを見ていたら、友達がカバー動画を載せていて。それを見ていた時に新しいアイデアが出てきたんです。3曲送ったあとにマネージャーからの返信がなかったから、「ということは、朝まで猶予があるんじゃないか」「このアイデアを試してみたいな」と思ったんです(笑)。なので、そこから3時間粘って、もう一曲作って。実際にリリースした「君の暮らす街」は、最初に提出していたうちの一曲のサビと、3時間で作った曲のAメロ~Bメロを合体させたものなんです。

やまもとはると - 君の暮らす街

――粘った甲斐がありましたね。

やまもと:本当ですね。去年の11月上旬でした。これははっきり覚えてます(笑)。そこで“根性論”が芽生えた気がするんですよ。それまでは1カ月で一曲書くのも大変だと思っていたけど、「君の暮らす街」はもっと短い期間で、ちゃんと完成することができた。だから、今5カ月連続リリースを振り返った時に、「いや、1カ月で一曲なら十分書けるで」という感覚になれているのかもしれないです。

――ソングライターとしての力が鍛えられたんでしょうね。

やまもと:今までは「いいものを書きたい」という想いが強すぎるがゆえに、最初の一歩が踏み出せないようなことも多かったし、今も性格上、どうしてもそういうところはなくなりません。だけど、その瞬間を打破できる根性が身についたというか。気合いを入れて、まずは手を動かすということができるようになった気がします。「GarageBand」(楽曲制作ソフト)を立ち上げてドラムのリズムパターンから作ってみたり、とりあえずスタジオに行ってみたり。

――そして、今回『流れる雲のゆくえ』が完成しました。初のフルアルバム完成後の今の心境を聞かせていただけますか?

やまもと:次の曲を頑張って作ろうと思ってます。

――アルバムが完成したばかりなのに?

やまもと:はい。昨日も家でギターを弾いたり、カバーをしたりして、最近は自分が聴いている音楽に何かヒントがないかと探しながら、「こういう弾き方だったら、いつもと違う印象になるかな」と試してました。今は、次のアルバムに向かって、今までとはまた違う曲を書きたいなと思っていますね。

――「出し切ったな」という感覚ではなく、次のリリースに向けて意欲が湧いてきている、と。

やまもと:もちろん「やり切ったな」という感覚はあるけど、出し切ってはいないというか。自分がやれることは、まだまだいっぱいあると思うので。もっと知識や方法を身につければ、いろいろな曲を書けるようになると思うんですよね。

――2年前よりもポジティブになりましたね。

やまもと:本当ですか? 謙虚にはなったと思うんですけど……でも、自分で言うことではないか(笑)。前までは「いや、とりあえず大丈夫でしょ」「というか、そう思っておかないとダメでしょ」みたいな感じで。それは、才能あるミュージシャンに囲まれているなかで、漠然と「すごい」としか思えていなかった自分の解像度の低さゆえだったのかな、と。だけど、今は「あの人にはこういう才能がある」「それに比べて自分はまだまだいろいろな引き出しが開いていないんだ」という感覚なんです。

――ああ、なるほど。自分のなかに眠っている可能性を信じられているという点ではポジティブだけど、焦りや渇望感もあるんですね。

やまもと:そうですね。2年前は音楽を始めたばかりだったので、どうすればいいかがわからなかったんですよ。勉強の仕方もわからないし、自分が知っている方法だけで作曲していたから、自分の未熟さに落ち込むことしかできなかった。その落ち込んだ時のエネルギーを曲にしていたというか。逆に言うと、曲のエネルギーがそれしかなかったんですよね。

――EP『からっぽのプール』の表題曲は、劣等感がテーマの楽曲で、EP全体のカラーも統一されていました。それと比べたら、今回のアルバムの収録曲は幅広い。いろいろな感情を原動力に曲を作っているんだろうなと感じます。

やまもと:東京に出てきて、いろいろなミュージシャンと出会ったり、制作したりするなかで、いろいろな種類の“すごさ”に触れた経験が大きかったんじゃないかなと感じています。人にはそれぞれのすごさがある――そう実感した時に、「僕もちょっとはできることがあるかも」と思えたんです。今は「憧れの存在に追いつくことがすべてじゃない」という感覚もある。「からっぽのプール」はすごく好きな曲だし、当時の自分はあまりにも一点を見つめすぎていたなと思います。

やまもとはると(撮影=三橋優美子)

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる