山下達郎、VULFPECK、VAMPIRE WEEKEND……例年以上の盛り上がり見せた『フジロック'25』名シーンを振り返る

『フジロック'25』を振り返る

7月26日(土):DAY 2

ジェイムス・ブレイク
ジェイムス・ブレイク

 ジェイムス・ブレイクは2019年以来の出演。14時頃から降り始めた激しい雨の中、「Fall Back」で幕を開けたステージは、ジェイムスとドラムス、モジュラーシンセ&ギターの3人編成によるもの。ダブステップのトラックに哀感のあるジェイムスの声が乗ると、雨で澱んだ会場の雰囲気が清らかに浄化されていくように感じる。懐かしい風合いの、どこかノスタルジックなサウンドは雨と相性が良い。しかし、心穏やかに楽しむにはいささか雨が強すぎたのも事実。ただ、これまでクールで寡黙なイメージがあったジェイムスが柔らかな笑顔を頻繁に見せたり、途中、観客にシンガロングを一生懸命促したりしていた様子には心が和んだ。現在制作中のニューアルバムに入る新曲がシンプルでソウルフルなバラードだったことも含めて、終始温もりを感じさせるパフォーマンスだったと思う。

 後半、テンポを上げてダンサブルな曲が連発されるにつれ、雨がおさまって、最後にはステージの後ろに陽が差していたのも神がかっていた。美しい余韻はしばらく続いた。

 次はいよいよ御大登場。今年の目玉とも言える山下達郎である。単独公演のチケットが取れないことで知られるアーティストだけに、彼目当てで今年初めて『フジロック』に訪れた人も多かったようだ。

山下達郎
山下達郎

 ステージに現れた途端、後ろで見ていたカップルが「本物じゃん!」「実在してたんだ!」と興奮していたのには思わず笑ってしまったが、確かに、そんな感想が口をついて出るぐらいレアな機会であることは間違いない。

 CMでお馴染みの新曲「MOVE ON」から始まったライブは、テクニシャン揃いのバンドメンバーと共に紡ぐ圧巻のひととき。とりわけ「SPARKLE」で見せたギターの鮮やかなカッティングを目の当たりにして「ギター、巧いな」と感心する。ファンの人には「当たり前だろ、誰だと思ってるんだ」と詰られるかもしれないが、なにしろ私も見るのは2回目なのだ。野外とは思えないほど音がクリアなことも含めて、噂の達郎のライブは鮮烈な驚きと発見の連続であった。

山下達郎

 キャリア50年の大ベテランだけにレパートリーは無尽にあるはずなのに、ヒット曲や馴染みのある曲を中心に組んだフェス向きのセットリストもいい。そんな中でも「オールドスクールなファンクミュージックをやります」と言って繰り出された「SILENT SCREAMER」と「BOMBER」は異彩を放っていて心に残った。そしてこのライブの最大の山場はどこだったかといえば、それは「プラスティック・ラブ」での竹内まりやの登場シーンである。誰もが予想できていた展開だけに厳密にはサプライズとは言えないのだが、それでも彼女が出て来た時は地鳴りのような大歓声が湧いた。この1曲で二人それぞれのボーカルが聴けたのは嬉しかったが、二人が並んだ際の絵面の強さにも改めて驚いた。竹内はそのまま「RIDE ON TIME」~「アトムの子」のコーラスにも加わって見せ場は続いた。

 ラスト、達郎はギターを置いてハンドマイクで「さよなら夏の日」を熱唱。伸びやかな歌声と苗場の夏の風景が相まって一層心に響く。しかもこの曲、歌詞に〈雨に濡れながら 僕等は大人になって行くよ〉という一節があって、まさに今のシチュエーションにぴったりなのだ。感動のステージが終わって振り返ると、先ほどのカップルの女性が「よかったね……よかった……」と大泣きしていた。

 マジカルな瞬間がいくつもあったライブを反芻しながら、以前の『フジロック』であれば山下達郎がラインナップに入ることはなかっただろうし、本人も断っていただろうなと思った。しかしシティポップの世界的ブームなどを経て、山下達郎の音楽に対する評価もグローバルなものになり、今や違和感がないどころか、しっかり「2025年」を映すラインナップの肝になっている。「フジロックらしさ」というのも時代を経て変わってきているのだということをしみじみ実感した。

VULFPECK
VULFPECK

 そして本日のヘッドライナー、VULFPECKはこれが初来日公演。なんとなく楽しみにしてはいたが、いや、これほどまでに痛快で素晴らしいライブだとは予想していなかった。

 まず驚いたのはメンバーのマルチプレイヤーぶり。曲ごとにパートチェンジするので、しばらくは誰が何の担当なのかわからないぐらいだった。特にドラムスのジャック・ストラットンはギター→ボーカル→キーボードと大活躍して多才ぶりを見せつけていたが、そのどれもが抜群に巧いので恐れ入った。巧いと言えば、ベースのジョー・ダートのバカテクぶりにも圧倒されたし、バンドの中にコリー・ウォンがいて普通にギターを弾いてるのもすごいし、アントワン・スタンレーやマヤ・デライラなどのゲストボーカルの力量にも目を見張った。そんなメンバーの演奏技術の高さに加え、さらに驚いたのは、全員がフロントマンのようなエンターテイナーぶりを発揮していたこと。メンバーもゲストも含めてそれぞれが最高のショウマンシップで観客を楽しませようと、満面の笑みで演奏を楽しんで、ハッピーバイブスを大放出していたのは最高だった。

 最新アルバム『Clarity of Cal』からは6曲を披露。ファンクは「聴いて踊れればOK」みたいなところがあるが、彼らのライブは面白いことが実に目まぐるしく起こるので、ステージから目が離せない。

 例えば「New Beastly」ではジョー・ダートがご機嫌なベースソロで会場中をノリにノセているところ、途中からキーボードのウッディ・ゴスがカウベルで乱入。しかも一度叩いたら、次は叩きそうで叩かないという“焦らしプレイ”に突入。そのおかげで聴衆一同、超絶技巧のファンキーベースよりもカウベルが気になって気になって仕方がなくなるという事態に(笑)。最後にはウッディが「俺がベースを食ってやったぜ」みたいなガッツポーズを披露して会場を大いに沸かせた。まるで音楽をネタにしたコントを見ているようなのだが、肝心の音楽の部分が圧倒的なので「我々は今、とびきり凄いエンターテインメントを目撃しているのだ!」という満足感でいっぱいになる。溢れる音楽愛とユーモア。半端ない幸福感!

 アンコールは彼らの代表曲「Dean Town」。本編ではやらなかったので痺れを切らした観客が「次はこれでしょ?」とばかりにベースラインを歌い出したのだが、やがて本当に「Dean Town」のイントロが始まった時には全身の毛穴が開くような快感をおぼえた。信じられないぐらい盛り上がった観客はそのままダブルアンコールを要求。再びステージに現われた彼らは「Funky Duck」をにぎやかにプレイしてニコニコ顔で帰っていったのだった。

 今年の『フジロック』で間違いなく一番輝いていたステージだった。

7月27日(日):DAY 3

 最終日はFIELD OF HEAVENのShe Her Her Hersからスタート。結成時から注目してきたバンドだけに、彼ら自身も念願の『フジロック』出演には感慨深いものがあった。今日はベースとヴァイオリン、キーボードを加えたスペシャル編成で、ドリーミィな風合いのシューゲイズサウンドを奏でていく。

 高橋啓泰(Vo/Gt)のソフトなボーカルは真夏の炎天下ではあるがどこか涼しげで、とまそん(Syn)が添える洗練されたシンセのフレーズも手伝って、たゆたうような心地よさを感じさせてくれる。とりわけハイトーンのコーラスが特徴的な「drip」とエコーが空気を揺らすような「SPIRAL」が素晴らしかった。派手さはないが確実に心の深いところに届く、静謐な中にも抑制されたエネルギーの濃密さを感じさせるパフォーマンスだった。

 続いてRED MARQUEEに移動してメイ・シモネス。

 音楽大学の名門、バークリーでジャズギターを学び、Red Hot Chili Peppersのフリーがその才能を絶賛したという彼女。これだけでも興味が湧くが、母親が日本人で日本語や日本のカルチャーにも堪能とくれば親しみも感じる。これは見ない手はない。

 スクリーンに「芽衣」という漢字が映し出されていたが、なるほど、こういう字を書くのか。MCも曲説明も日本語で行い、たちまち観客との距離を縮めた彼女のライブは、評判通りとても見応えのあるものだった。清廉さを感じさせるウィスパー系の歌声が耳に心地よい。絵本のようなファンタジー性がある世界観も素敵だ。ところが楽曲はボサノヴァ風の「Tegami」、変拍子のリズムが独特の緊張感を生み出している「Wakare no Kotoba」、複雑なリズム構造を持つアヴァンギャルドな「I can do what I want 」など、どれも一筋縄ではいかない、演奏が難しそうなものばかり。何気なく弾いているけどギターも超上手い。そこにヴァイオリンとビオラが優雅な雰囲気を加え、唯一無二の不思議なワールドが生まれるのだが、一度見たら忘れられないような強烈な個性である。初めから終わりまでずっとヘンなんだけど抜群にかわいい。

 終演後、ライブを見ていたHana Hopeにばったり会ったのだが、「最高だった……」と放心していたのが印象的だった。彼女もハートをすっかり射抜かれてしまったようだ。

 そんなHana Hopeはそれから6時間後にGypsy Avalonに立っていた。

Hana Hope
Hana Hope

Hana Hope

 「Rain Or Shine」や自ら作詞作曲した「afraid to love」などのオリジナル曲に加え、子供の頃から親しんできたという荒井由美の「ひこうき雲」や、大好きで影響を受けているというboygeniusの「Not Strong Enough」などカバー曲も交えながら堂々としたステージを見せた。前日にはSTUTSのステージでKohjiyaや高校生ダンサーたちと共にポカリスエットのCMソング「99 Steps」を元気いっぱいに歌っていた彼女。オリジナルアルバムは落ち着いた曲調が多いこともあって繊細な印象があったが、今回の『フジロック』ではしなやかな強さを感じさせるパフォーマンスが心に残った。

Hana Hope

 そしていよいよ3日間を締めくくる大トリ。これが5回目の出演となるVAMPIRE WEEKENDである。機材トラブルが起こって不完全燃焼だった3年前のリヴェンジを果たすべく、そして昨年リリースされて非常に高い評価を得た最新作『Only God Was Above Us』を日本初披露する場として、期待は最高潮に膨らむ。

VAMPIRE WEEKEND

 エズラ・クーニグが「ただいま、『フジロック』!」と日本語で呼びかけ、ライブは「Mansard Roof」で軽快にスタートした。エズラの甘い歌声は40歳を越えた今も少しも変わることがなく、見た目もまるで青年のよう。クリス・バイオとクリストファー・トムソンも変わらぬ若々しさ。しかし、いつまでも「若手」と思っていたVAMPIRE WEEKENDもよく考えたらもう20年選手。実際のキャリアと、あまりにも変わらないバンドの佇まいがそぐわなくて脳がバグりそうになるが、彼らの音楽は決して止まることなく進化し続けてきたことを、この夜のステージが証明していく。

VAMPIRE WEEKEND

 中盤には、エズラがフィーチャリングボーカリストとして参加したSBTRKTの「New Dorp. New York」が披露された。これは2014年の楽曲だが、最新アルバムで描かれているテーマーーニューヨークの喧騒や混沌ーーと連なるものがあり、この時から彼らの表現の核が一貫していたことに気づいた。

 『Only God Was Above Us』からは7曲が披露され、「Classical」と「Capricorn」の順番を入れ替えた以外、アルバムの曲順通りに演奏された。エズラはこのアルバムを「旅」になぞらえていたけれど、旅の持つ物語性を強調する目的で、曲順を極力崩さないようにしたのだと思う。そこには、単なるフェスのセットリストを越えて、自分達の紡ぐ世界でみんなに特別な体験をしてもらいたいという彼らの意図が見えた。

VAMPIRE WEEKEND

 その一方で「A-Punk」「Oxford Comma」とファーストに収録の代表曲を立て続けにやってインディーロックバンドとしての原点を示しつつ、スパークしたい人たちのための時間をしっかり作ってくれたのもよかった。

 クライマックスを迎えたのちにエズラが静かに「最後の曲は特別な曲です。シンプルな曲だよ」と言って始めたのは、アルバムでもフィナーレを飾る楽曲「Hope」。破滅や絶望を受け入れることを歌った、全く明るくない歌詞の曲だけれど、この日、この場で、こうして演奏された「Hope」はあまりにも力強く、神々しく、この先の希望を確かに感じさせるものだった。世界は猥雑で残酷ーーだから美しい。そんなメッセージが染み入るように胸に広がっていく。

 演奏しながら、一人ずつステージから去っていった演出もドラマティックで素晴らしかった。

 前夜祭も含めた4日間で、延べ12万2000人を動員した今年の『フジロック』。観客数はようやくコロナ前の水準に戻り、数字の上では解散直前のOasisが出演した2009年と同等の盛況ぶりを見せた。土曜1日券、3日通し券は早々にソールドアウト、海外からの観客も一層増えて国際的なフェスティバルとしての存在感を改めて示した一方で、そのラインナップは非常に独自性の強いものになってきている。近年の海外フェスのラインナップを眺めてみると、ヘッドライナーは依然として知名度の高いビッグアーティスト(例えば今年の『Glastonbury Festival』はThe 1975、ニール・ヤング&ザ・クローム・ハーツ、オリヴィア・ロドリゴ)が多いが、スマッシュはビッグネーム偏重のラインナップは組まず、ライブアクトとして真の実力を持つアーティストをブッキング。特に2日目のヘッドライナーに据えたVULFPECKの秀逸さは賞賛に値するだろう。ジャンル的にはジャズ、ファンクに連なるものだが、さまざまなジャンルをミックスすることで発展してきた「ロック」の懐の深さを体現するラインナップだったと思う。

 『フジロック』には音楽の力を通じて希望と多様性を祝福するというテーマがあるが、今年はそれが一層強く感じられる3日間だった。

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