Little Simz、HAIM、Mei Semones、YHWH Nailgun、マヤ・デライラ……『フジロック '25』前に聴きたい注目アクトの最新作
今年の『FUJI ROCK FESTIVAL '25』(以下、『フジロック』)はチケットの売れ行きがいい。3日通し券は完売、土曜日は1日券も完売しており、この好調な捌けっぷりはコロナ禍以前の2019年以来とのこと。苗場(新潟県湯沢町の苗場スキー場)の山奥にかつての賑わいが本格的に復活したことを、『フジロック』ファンとしては素直に喜びたい。いよいよ開催間近となったところで、ここではメインの4ステージに出演する海外アクトの中から、ちょうど上梓したばかりのアルバムで提示した最新モードがパフォーマンスにも反映されるであろう5組をセレクト。まさに今このタイミングのライブをぜひとも網膜に焼きつけたいーーそんな注目の新譜を紹介していく。
Little Simz『Lotus』
今作の背景として見過ごせないのは、ファンク/R&Bバンド SAULTの中心人物 Infloとの決裂である。InfloはLittle Simzの幼馴染であり、『マーキュリー・プライズ』受賞作『Sometimes I Might Be Introvert』(2021年)を含む数々の作品に共作者/プロデューサーとして携わってきた。しかしInfloはSAULTのライブ費用のために170万ポンド(約3億3千万円)をSimzから借用した挙句、債務不履行のため、ついには裁判にまで発展してしまう。今作はInfloの元を離れてから初となるアルバム。具体名こそ出してないものの「Thief」や「Hollow」などで繰り出すディスラップ、その怒りの感情の矛先は言わずもがな。だがそういった怒りや悲哀、挫折、孤独といった心の影を、Simzはあえて優美に飾ってみせた。生演奏主体でジャズやソウルの要素が強い音楽性は、以前よりも一層スマートに洗練された感があり、特に最後の3曲で聴かせる叙情性は深い滋味。
HAIM『I quit』
“I quit”と“Fuck it”で踏める。デビュー時から彼女らを支えてきたプロデューサーであり、次女 ダニエル・ハイム(Vo/Gt)の恋人でもあったアリエル・レヒトシェイドが今作から不参加。奇しくもLittle Simzの新譜と同じく“別れ”をテーマに据えた今回の新譜で、このロサンゼルスの三姉妹は別れることや諦めることをポジティブな活力へと変換する。フォーク/カントリーからゴスペルへと至る開放的なムードとしなやかなグルーヴで、彼女らが綴るのは「やりたいことをやる、なりたいものになる」「クソみたいな関係には耐えられない」などの至って明快なメッセージ。中にはシューゲイズ風の「Lucky stars」やディスコ調の「Spinning」など横道に逸れた楽曲もあり、全体を見ると粒はいささか不均等ではあるが、(一抹の侘しさを含みつつも)主体的な意志を持ってはっきり簡潔に『I quit』と吐き捨ててみせる、その様に勇気づけられるリスナーはきっと多いだろう。
Mei Semones『Animaru』
ミシガン州出身、日本人の母とアメリカ人の父を持つMei Semonesは、高校生の頃から本格的にジャズの勉強を始め、その後に進学したバークリー音楽大学でもジャズギターを中心にプロフェッショナルな理論/技術を習得してきた。だがそういったハイブロウな経歴とは裏腹に、彼女の視点は深い夜のムードではなく、至って素朴でノスタルジックな原風景へと向いている。今作の収録曲のタイトルだけを取ってみても、「Donguri」「Zarigani」「Dangomushi」といったあどけなくもシュールなワードチョイスには独自のセンスが感じられるが、そういった小さな生命体で溢れた日常の淡い色彩を、彼女はジャズやボサノバからマスロック、オルタナティブロックまでの領域を大胆に横断しながら、ファンタジックで感動的な世界観へと昇華している。見慣れた土地の半径2メートル内に潜んでいる未知なる驚きについて、自分の直感のみを信じて軽やかに描いてみせる、この筆致こそ自由の名が相応しい。
YHWH Nailgun『45 Pounds』
見れば一発で頭に残る強烈なバンド名を冠したブルックリン出身のカルテット。例えば、往年のGang of FourやThe Pop Groupがファンクからの影響を大きく受けつつも結果的に全くの異形へと変貌させてしまったのと同様に、彼らの鳴らす音には確かに肉感的なファンクネスが貫かれており、同時にファンクでなければパンクでもメタルでもない、他に類を見ない全くのオリジナルな怪音ばかりを発している。ロートタムを多用してピッチの高い硬質な打撃音を繰り出すドラム、奇矯な浮遊音を発することばかりに腐心するギター/シンセ、そして本能を奮い立たせながら呻きにも似たシャウトを続けるボーカル。それは地下に蠢く手負いの獣のようであり、太陽を刮眼しながら雨を乞う祈祷師の舞踊のようでもある。いずれにせよ、この先鋭的な気迫に満ちた音はきっと時代や国境を超えて種を蒔き、多方面においてインスピレーションの源となって10年〜20年後に大きく再評価されることだろう。たぶん。
マヤ・デライラ『The Long Way Round』
アデルやエイミー・ワインハウスを輩出したブリットスクール出身のマヤ・デライラは、そもそもはSNSに投稿した演奏動画のバズがきっかけで注目を集め出したが、かと言って彼女は数秒間の即効性ばかりに注力しているわけではない。名門ジャズレーベル Blue Noteからのリリースではあるが、彼女の音楽性はむしろフォーク/カントリーに根差したもの。瑞々しさと渋味を併せ持った歌唱と、ともすればその歌唱以上に歌心を感じさせるギタープレイ。エレクトリックギターの甘いトーンでなだらかに、情感豊かに展開するソロパートにはまさしく普遍的な美しさが宿っている。その技量を最も堪能できるのが、オルガン奏者 コリー・ヘンリーをゲストに迎えたインストゥルメンタル曲「Jeffrey」。音に酔うとはまさにこのこと。他にもがっつりファンキーな「Squeeze」、濃密なサイケデリアの中にR&Bの要素も取り入れた「Actress」などリズム面を強化した楽曲もあり、幅広い層に響きやすいであろうデビュー作。


























