稲垣吾郎&草彅剛&香取慎吾、“国民的”な存在が持つ人と人を結ぶ力 さらば森田、山本耕史……メンバーを介して広がる縁
その場にはいない草彅剛が、香取慎吾と森田哲矢の距離を縮めた――。
香取のレギュラー番組『しんごの芽』(読売テレビ)に、7月のマンスリーMCとして、さらば青春の光・森田が出演している。意外にも初共演というふたり。だが、そんなことを感じさせないほど、すぐに打ち解け合っていく。そのあいだにあったのは、草彅剛という存在感だった。
芸能界でも指折りの古着好きとして知られる森田。YouTubeチャンネル「さらば森田の五反田ガレージ」では、たびたび古着を購入する動画がアップされており、草彅もかねてより、その動画をチェックしているという。
なかでも印象的だったのが、森田が日本最大と言われる古着フェス『VCM』へと向かったときの動画だ。高額なヴィンテージデニムを前に購入を迷った森田は、こう口にした。「俺のなかの草彅剛さんが闘ってる。『絶対アレだよ』って言ってきてる」。それは、まるで古着の神様のような存在として、森田の口から草彅の名前が飛び出したのだ。
しかし、“神がかっていた”のはここから。後日、草彅がその動画を観ていたことを、『ユーチューバー 草彅チャンネル』で話すという展開に。草彅は動画を観ながら、画面越しに「『森田くん、それ買ったほうがいいよ』って言ってたのよ。だから、森田さん天才だなって思って!」と興奮気味に明かしていた。まだ会ったこともないふたりが、ヴィンテージデニムを挟んで、画面のこちらと向こうでつながっていたのだ。
7月12日放送の香取と草彅のレギュラーラジオ『ShinTsuyo POWER SPLASH』(bayfm)でも、森田の名前で盛り上がった。「すごい詳しいよね。スニーカーとかも彼は大好きでね」「本当に面白い方ですよね。羨ましいね」そう森田を絶賛する草彅。そんなふたりは、まだ共演したことがない。思わず香取が「なんか話してみたら? それこそYouTubeとかね」と促すと、草彅も「そうだね。コラボとかね」と前向きに返した。
その場にいない、会ったこともない草彅が香取と森田を近づけたのは、草彅のまっすぐな“好き”と共鳴する人ならば、きっとわかり合えるという安心感だったように思う。共通の知人の名前が出ただけで、初対面の相手を急に近く感じる。そんな経験は、私たちの日常にもある。本人がその場にいなくても、その人と過ごした時間や人柄への信頼が、会話のなかに流れ込んでくる。そんな感覚は稲垣吾郎がパーソナリティを務めるラジオ『THE TRAD』(TOKYO FM)の7月14日放送回でも見受けられた。
ゲストは山本耕史。稲垣とは久しぶりの対面だったが、お互いに「そんな感じはしない」という。それは、ふたりの“あいだにいる人”として、香取の存在があるからだ。香取の数少ないプライベートでも連絡を取り合う芸能人のひとりである山本。オープニングでは、今回の出演に際して「今から吾郎さんのところにお邪魔します」と香取に連絡をしたという話題からスタートした。「よろしくお伝えください」という香取の返答に、稲垣は「仰々しいでしょ? そういう関係性なんですよ」と笑う。長く親しいからこそ、あえて他人行儀に振る舞える。短いやりとりのなかに、彼らだけに通じるおかしさと、積み重ねてきた時間が滲んでいた。
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また、稲垣は山本が出演しているタクシー広告の映像についても言及。遊び心を忘れていない魅力的な人として、山本が香取の名前を挙げていたという。「タクシーに乗っているときに、『おお!』と思って」――そう驚いた稲垣だが、そのことについて香取には連絡をしていないと笑いを誘う。それでいて、「今、聞いてくれてると嬉しいよね」と言うところも、彼ららしい距離感だ。
草彅が森田と香取をつなぎ、香取が山本と稲垣をつなぐ。名前が挙がるだけで、それまで積み上げてきたものが、心の距離を近づけ、会話の時間に深みをもたせる。そこにいないはずの人が、会話の真ん中にいるように感じられるのだ。
そして彼らは、私たち視聴者の“あいだにいる人”にもなっている。長年、私たちのなかに記憶を重ねてきた3人。ときに彼らの名前は、それを聞くだけで人とつながることができる“共通言語”になる。「初めまして」も「久しぶり」も飛び越えて、共通する記憶の先から、新しい関係を築いていくことができるのだ。
存在感とは、目の前にいるときだけに生まれるものではないのだろう。まだ直接会えていなくても、なかなか再会することができなくても。その人が誰かに残した記憶や思いは、多くの人たちのあいだで息づいている。その名前をつぶやくことで、今日も誰かと誰かをつないでいる。その場にいないのに、会話の真ん中には確かにいる。それが、彼らの存在感を“国民的”と言い続けずにはいられない理由なのかもしれない。


























