連載「lit!」第140回:Drake & PARTYNEXTDOOR、Lil Baby、MIKE……ラディカルな野心に溢れたヒップホップ新作
先月発表された『第67回グラミー賞』では、Kendrick Lamarの主要含む5部門での受賞や、Doechii『Alligator Bites Never Heal』の「最優秀ラップ・アルバム賞」受賞など、多くの注目すべきトピックに溢れた。一方で、その前後においても、USのヒップホップ、ラップアルバムの多様な新作が数多くリリースされた。中でも今回は、実験性や野心に溢れるアンダーグラウンドな動きや、メインストリームの中に潜むオルタナティブでラディカルな感覚に目を向けてみたい。
Lil Baby『WHAM』
アトランタ出身のラッパー Lil Babyは一貫したストリートの語り部だ。2020年にリリースした『My Turn』のヒット、あるいはジョージ・フロイド殺害を起因としたBlack Lives Matter運動にアクチュアルに反応したシングル「The Bigger Picture」で、メインストリームのトップに躍り出た彼は、アトランタのフッドスターになった。地元にて、裏稼業で金を稼いで家族を養っていた時期や、刑務所に約2年間服役していた背景を持つ彼は、ストリートの構造的な貧困の話から決して逃げず、どんなにメロディアスなロマンスや現在の自分のサクセスについて歌おうと、泥臭さとハードさを手放さないアーティストだ。
今回の『WHAM』でも、地元の状況に視線を向け続ける。例えば同郷の幼馴染であるYoung Thugが収監、法廷に引きずり出されたことにも起因しているであろう楽曲「By Myself (feat. Rod Wave & Rylo Rodriguez)」は、メロウな情感を持って“密告者”について歌い、「Stiff Gang」では、これまでの自分の人生をモンタージュのように振り返っていくハードなラップで、ストリートの現実を回想する。彼はスターになった以降でも、今の加速主義的な音楽業界の中で切り取りやミーム化を狙ったムーブを起こさず、一貫してまとまった音源作品でのアウトプットをし、アルバム全体が内包するムードを通して、テーマを語るのだ。また、『Complex』のインタビュー(※1)によると、よりパーソナルな内容の『Dominique』というセルフタイトルアルバムを近日中にリリースする予定だということで、そちらも期待したい。
Pink Siifu『BLACK'!ANTIQUE』
Pink Siifuによる新作は、彼のディスコグラフィの中でもアバンギャルドな実験性に溢れた作品になっている。鋭い金属の鳴りやノイズ、本人の1990年代〜2000年代頃のR&B趣味が出たメロディから、トラップの要素など、多くのサウンドをカオティックに混ぜながらも、アルバム全体の流れを途切れさせないような展開を携えることで、一種のロードトリップのように作品を成り立たせる手腕は圧倒的だ。それは、B. Cool Aidとしてリリースした『Leather Blvd.』の細やかなコンセプチュアルさや、ラップ主軸による『GUMBO'!』のような作りを融合させ、自らの音楽的な引き出しを大いに活用しながら、より大胆なアレンジを施した作品という見方もできるかもしれない。前半でアンダーグラウンドの空気を充満させながら、「Girls Fall Out Tha Sky feat. Turich Benjy, 454 & Jaas」をはじめ、メロウなトラップの鮮やかな色を後半に塗していく多様な展開。「SCREW4LIFE'! RIPJALEN'!」や「LAST ONE ALIVE'!」など、めくるめくサンプリングワークも豊穣な感覚を作品に残している。ヌーヴェルバーグ作品のような「TRANSLATION'!」のMVなど、収録曲のモノトーンなビデオも実にユニークだ。
MIKE『Showbiz!』
MIKEも音楽的な旅に誘ってくれる優れたトリップアルバムの創作者だ。新作『Showbiz!』は、Tony Seltzerとの両名義アルバム『Pinball』や『Burning Desire』などの近作に比べて、幻惑的なムードが濃厚になり、数々のサンプリングワークで、アルバムを通してモザイク的に一つの形を浮かび上がらせていく。断片をつなげていくような構成はこれまでの作品と同様だが、今回はよりソウルフルな感触や、浮遊感を醸し出すようなシンセの音などが通底している。「man in the mirror」ではダンサブルなグルーヴと、柔軟なフロウを見せるMKEのラップの楽しさを再確認でき、「Lost Scribe」から「You’re the Only One Watching」の流れはロマンチックで美しい。MIKEが、一貫した作品形式を崩さずに毎回違う感触の作品をリスナーに提供してくれる豊かな作家性を持つアーティストであることを今一度実感することができる。ほとんどの曲が1分〜2分台と短めに構成され、それらを通しで聴くことで実体が浮かび上がっていく様は、Earl Sweatshirt『Some Rap Songs』以降のラップアルバムにおける、最上級のコラージュアートと言えるだろう。






















