ジョン・カビラ×宇野維正、例年以上に予測困難な『グラミー賞』 ノミネート作品から米音楽シーンの潮流を読む

ジョン・カビラ×宇野維正 グラミー対談

ケンドリック・ラマーのビーフ曲で受賞はありえる?

第66回グラミー賞授賞式®より Getty Image
第66回グラミー賞授賞式®より Getty Image

ーーちなみに審査員に関して、以前と比べて人種やジェンダー比率だけでなく、年齢層にも変化が見られるのでしょうか?

カビラ:推測の域を出ませんが、変化は感じられます。2019年のレコーディング・アカデミーによる改革発表以降、非白人メンバーが65%増加したというデータもあります(※2)。

 ただ、興味深いことにビヨンセは『カントリー・ミュージック・アワード』にノミネートされておらず、アルバム中のカントリー色が強い楽曲も、アメリカのカントリー系ラジオではほとんど放送されませんでした。つまり、カントリーミュージック業界からは距離を置かれた形となっています。

 一方で、グラミー賞ではカントリー&アメリカン・ルーツ・ミュージック部門や、メロディック・ラップ・パフォーマンスなど、複数のジャンルでノミネートされています。このジャンルを超えた作品への評価は、ジョン・バティステの受賞時同様、マルチジャンルのアーティストとしての高い評価を得たことを示唆しています。

 ただし、今回のアルバムは従来のビヨンセらしさとは異なる作品です。しかし、カントリーミュージックの源流におけるアフリカ系アメリカ人の貢献を再評価するという意味で、重要なステートメント性を持つ作品であることは確かです。また、ローリン・ヒルの記録を更新し、女性アーティスト最多となる11部門でのノミネートを達成したことも特筆すべき点です。

宇野:もしかしたらビヨンセの『カントリー・ミュージック・アワード』でのノミネート見送りには、カマラ・ハリスが選挙キャンペーンで「Freedom」を使用したことなど、政治的な要因が影響している可能性もあるかもしれません。

 一方、グラミー賞は2018年にヒラリー・クリントンがトランプ暴露本を朗読するビデオをサプライズで流したりと、明らかに民主党寄りの傾向があるイベントです。そのため、ビヨンセの受賞は物語としてもグラミー的には筋が通った展開だと思います。音楽アワードまで現代アメリカ社会の分断を象徴する場となってしまうとしたら、個人的には残念ですけどね。

カビラ:その点では、ビヨンセ自身が社会の分断を超える存在になりたいというビジョンを持っているため、受賞が実現した際のスピーチにもその意図が反映されることに期待したいですね。

宇野:また、アメリカ全体の分断とは規模が異なりますが、ケンドリック・ラマーの「Not Like Us」も北米のラップシーンに大きな分断を生んだ曲でした。あの曲が2024年を代表するヒット曲となった要因の一つは、これまでのラップミュージック・リスナーを超えて、TikTokなどを通じてティーン層や子供にまで広がって、2024年を通じて多くの人々に歌われ、踊られたことです。そういう意味で、現象としてはちょっとCreepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」にも近いんですよね。

Kendrick Lamar - Not Like Us

 その一方で、この曲はアメリカ・ウェストコーストのヒップホップの正当性を主張した曲で、トロント出身のラッパー、ドレイクとの熾烈なビーフ(ラッパー同士が楽曲を通してディスりあうこと)合戦の一環として発表されました。現在、昨年起こったそのビーフに関しては、ケンドリックに発表の場を与えるかたちとなったヤング・サグやメトロ・ブーミンなどのウェストコースト出身ではないラッパーやDJから距離を置く発言があったり、ドレイクは訴訟を起こしたりと、良くも悪くも熱狂状態にあった当時とは異なる状況にあります。その時間差も含め、グラミー賞がどう評価するのかに注目しています。

カビラ:個人的な事柄がここまで増幅される背景には、インターネットという誰もが自由に意見を交わせるプラットフォームの存在があります。個人間の対立が社会現象になるという状況は、ソーシャルメディアの民主化がもたらす危険性をも象徴していると思いますね。

 しかし、このような議論を巻き起こしながらも、社会の潮流の中でケンドリック・ラマーという稀有な才能を評価するグラミー賞のオープンさと懐の深さは、その魅力の一つといえます。日本の芸能界では見られないこのような公の場での議論は、むしろ健全だと感じますね。

 そのため、今回ケンドリック・ラマーが授賞式でパフォーマンスを行う場合、2016年の「The Blacker The Berry」のような社会的メッセージを発信するのか、あるいは新たなビーフを持ち込んでくるのか、その展開が注目されます。

宇野:もし今年のグラミーでケンドリックがパフォーマンスする場合、さすがにノミネート対象の「Not Like Us」は避けられないんじゃないでしょうか。ただ、2月に『スーパーボウル』のハーフタイムショーを控えていることを考慮すると、グラミー賞でのパフォーマンス自体を見送る可能性もあります。

 もっと言うと、これまでグラミー賞は、ヒットチャートでのラップミュージックの存在感が十分に反映されていないという批判を受けてきましたが、一昨年頃からラッパーのヒットチャートでの存在感が明らかに薄くなっていて、昨年は「Not Like Us」のみが突出したヒットになるという状況となっています。つまり、グラミー賞がシーンを適切に反映できていないというこれまでの批判は、少なくもラップミュージックに関してはその正当性を失い、むしろ近年はその現状を正確に反映しているという皮肉なことになってるんですよね。

カビラ:グラミー賞は単にヒット作品を称えるだけでなく、芸術性、社会的インパクト、そしてクラフトマンシップを評価する「業界人が業界人を称える場」です。そのため、そういった世間からの批判は、ある意味でグラミー賞の宿命であり、永遠のテーマですよね。

宇野:その観点から見ると、もともとグラミー賞自体が音楽シーンに対して"Not Like Us"(私たちとは違う)な性質を持っていると言えるのかもしれませんね(笑)。

 そういう意味で意外だったのは、チャーリーxcxが主要部門である最優秀レコード賞と最優秀アルバム賞の2部門にノミネートされたことです。アデルのような伝統的な音楽性を持つアーティストが、イギリス出身でありながらアメリカの音楽業界で評価されることは理解しやすいですが、彼女は極めて前衛的で革新的なアーティストです。実際の受賞とは別に、ノミネートされたこと自体が快挙だといえるでしょう。

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