ジョン・カビラ×宇野維正、例年以上に予測困難な『グラミー賞』 ノミネート作品から米音楽シーンの潮流を読む

ジョン・カビラ×宇野維正 グラミー対談

チャーリーxcx『Brat』で生み出した新しい文化的なうねり

Charli xcx - 360 (official video)

ーー社会現象を巻き起こしたという点で、チャーリーxcxも昨年「Brat現象」を引き起こしましたが、このことについてどのように評価されますか?

宇野:「Brat現象」について、チャーリーxcxは巧みな展開を見せたと思います。彼女は政治的な党派性から距離を置くことに成功しました。カマラ・ハリスが大統領候補となった際、彼女は「kamara IS brat」とXに投稿し、それを陣営が選挙キャンペーンに活用したことで民主党との関連性が強まりかけました。しかし、イギリス人である彼女は、それをあまり真に受けないようにと釘を刺し、(ドナルド・)トランプ当選後にはタイムズスクエアを占拠して歴史的とも言える大々的なプロモーションを展開しました。

 従来、アルバムの大掛かりプロモーションはリリース時にレコード会社主導で行われていましたが、『Brat』に関してはリリース後に予想を超える現象となり、ソーシャルメディア上でのアートワークのミーム化、リミックスアルバムの追加リリースなど、次々と新たな話題が展開されました。言ってみれば、「Kamala Is Brat」という本人のポストもその一環だったわけです。かつての業界主導のスター創出の時代から、TikTokやYouTubeを通じたリスナー主導の時代へと完全に移行し、レコード会社の役割はその人気を増幅させることへと変化しています。

 2024年はビヨンセ、アリアナ・グランデ、デュア・リパ、ビリー・アイリッシュなど、多くの女性トップアーティストがアルバムをリリースしましたが、その中で最も話題を集めたのがチャーリーxcxだったことは興味深いです。その意味で、2024年を最も象徴するアーティストは彼女でしたね。

カビラ:"Brat"は本来「悪ガキ」を意味する言葉ですが、チャーリーxcxはウィメンズ・エンパワーメントの潮流に乗って、『Brat』で新たな文化的うねりを生み出しました。大統領候補者がこの言葉を受け入れ、コメディ番組やトークショーで使用するという現象は、従来では考えられません。これは既存の権力構造への異議申し立ての手段としても機能し、戦後アメリカのポップカルチャーにおける反権威の伝統ともリンクしています。

 さらにこの現象が夏に広がったことも重要です。アメリカの学校では6月から9月まで約3カ月の長期休暇があり、十代の若者たちが自由な時間を持てる時期です。インターネット利用時間が増加し、実際の行動に移しやすい環境に加え、大統領選挙による社会的議論の活性化という時期とも重なりました。それが所謂"Brat Summer"なる現象へと発展したわけです。

 このアルバムは楽曲の完成度の高さとリリックの巧みさも相まって、理想的な夏のアンセムとなりましたよね。そこでアメリカのケーブルニュースメディアが「Brat」の意味をめぐって困惑し、次第に新たな解釈が生まれていく過程は、ある種のメディアの健全性を示すものだった気がします。

Billie Eilish - BIRDS OF A FEATHER (Official Music Video)

ーー他に注目しているアーティストはいますか?

宇野:個人的には最優秀新人賞にノミネートされたドーチに期待してるんですが、純粋に予想するとしたら、やはりビリー・アイリッシュが今回もどれだけ賞を獲るかということですね。セールス面でも、評価面でも、アルバム『HIT ME HARD AND SOFT』は文句なしの結果を残してますから。デビューアルバムの未曾有の成功に比べて、2作目はちょっと地味な結果に終わりましたが、それでもグラミーはビリーを支持し続けた。それでいうと、今回も支持しない理由がないんですよね。

カビラ:今回ビリー・アイリッシュが最優秀レコード賞を受賞した場合、ソロアーティストとして史上初の3度目の受賞という歴史的な快挙となります。

宇野:デビュー作からの実績を考えると、今後誰も超えられない記録になる可能性があります。セールスと社会的影響力の両面から見ても、受賞は十分に納得できるものではないでしょうか。当然、ノミネート漏れのアーティストについての議論は可能ですが、ノミネートされたアーティストに関しては異論の余地が少ないことが今回の特徴といえるでしょう。

The Beatles - Now And Then (Official Music Video)

ーー昨年話題となったアーティストが順当にノミネートされる一方で、今回は最優秀レコード賞にAIを使用したザ・ビートルズの「Now And Then」がノミネートされています。その是非についてどうお考えでしょうか?

カビラ:AIの使用については議論を呼びましたが、このノミネートはザ・ビートルズの作品であるという事実が最も重要な要素だと考えられます。

宇野:音楽制作へのAIの浸透は、公表の有無にかかわらず、すでに現実のものとなっています。確かに、制作プロセス全体をAIに任せた作品が人々の心に響きにくいという指摘は妥当でしょう。しかし、今後は制作過程の一部をAIが担い、アイデア出しと最終調整を人間が行うという形態が増加すると予想されます。

 現時点では、このような制作手法が一般化した際の受け入れられ方の予測は難しいですね。そのため、今回の強力な作品群の中でこの曲がノミネートされたことは、音楽評価の基準が新たな段階に入ったことを示唆していると思います。

カビラ:宇野さんがおっしゃるように現在、制作現場でのAI活用は進んでいますが、グラミー賞の現行規定ではAIのみで生成された作品は対象外とされています。この曲は完全なAI生成ではなく、ポール・マッカートニーを中心に、ジョン・レノンの残したデモテープを活用して完成させたいという長年の構想がありました。AIの活用なしには実現不可能だったこの作品が評価されたことは意義深く、今後のAI活用楽曲の評価基準確立に向けた試金石となると思います。

ーー最後に、『グラミー賞授賞式』をより楽しむための見どころを教えてください。

宇野:『グラミー賞授賞式』は単なる受賞作品の発表の場ではなく、世界最大のショーケースライブとしての側面を持っています。そのため、出演アーティストのパフォーマンスに特に注目していただきたいと思います。(取材実施日の1月初旬の時点ではパフォーマンスアーティストの発表はなし)

 グラミー賞は著名ミュージシャンが集う会場の雰囲気も含めて、ショー全体を通して見ることに大きな意味があります。特にパフォーマンス披露時の会場の空気感などは注目する価値がありますね。

カビラ:僕も同感です。『グラミー賞授賞式』は完全なエンターテインメントパッケージとして、全編を通してご覧いただきたいと考えています。受賞の行方ももちろん重要ですが、パフォーマンスは特に見逃せない要素です。

 2006年から授賞式の生中継の案内役を務めてきましたが、マドンナとゴリラズによるバーチャルと現実を融合させたコラボレーション、また渡米が叶わなかったエイミー・ワインハウスによるロンドンからの生中継パフォーマンスなど、数々の記憶に残るステージを目にしてきました。

 今回も観客の想像を超えるパフォーマンスが披露されることは間違いありません。可能であればリアルタイムでの視聴をおすすめします。ぜひ、当日起きる奇跡的な瞬間をお見逃しなく!

※1、2 https://www.grammy.com/news/recording-academy-2024-membership-report-new-member-class

■番組情報
『生中継!第67回グラミー賞授賞式®』 ※二カ国語版(同時通訳) 
2月3日(月)午前9:00~[WOWOWプライム][WOWOWオンデマンド]

『第67回グラミー賞授賞式®』※字幕版 
2月3日(月)午後10:00~[WOWOWプライム][WOWOWオンデマンド]
※生中継終了後~90日間WOWOWオンデマンドにてアーカイブ配信

WOWOW『グラミー賞授賞式®』特設サイト 
https://www.wowow.co.jp/music/grammy/

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