ポルノグラフィティ、今の時代にこそ響く讃歌「解放区」 25周年記念ツアーで新たな手応えも
全国10カ所16公演をまわるアリーナツアー『19thライヴサーキット "PG wasn't built in a day"』を終えたポルノグラフィティ。そのファイナル直前にはシングル『解放区』をリリースした。困難な現代を生きる人々に向けたある種の応援歌である表題曲に加え、G7広島サミット応援ソングとして配信されていた「アビが鳴く」、『18th ライヴサーキット“暁”』ファイナルの日本武道館公演2DAYSで披露されていたロックナンバー「OLD VILLAGER」を収録。各楽曲の制作秘話に加え、一部撮影OKとなった今回のツアーへの手応えなどを二人に聞いた。(編集部)
ずっと大事にやってきたことをあらためて打ち出したかった
――ツアー『19thライヴサーキット“PG wasn't built in a day”』でいち早く披露されていた新曲「解放区」がリリースされました。
新藤晴一(以下、新藤):25周年というタイミングで、しかもツアーで先がけてやるということを決めたうえで去年の後半に作り始めた感じでしたね。そもそもは今年の1月くらいにリリースする話もあったんですけど、結果としてこのタイミングになりました。
岡野昭仁(以下、岡野):うん。25周年を迎えるにあたって、ファンの方たちに向けた感謝の気持ちみたいなものを込めた作品になればいいかなと。
――楽曲全体の印象としては壮大さを感じさせつつも、構成やサウンドアプローチはシンプルでストレートなものですよね。作曲は昭仁さんですが、どんなイメージで作り上げていったんでしょうか?
岡野:去年、自分の中の価値観をアップデートさせたくてスペインに行ったんですよ。一昨年に父が亡くなったりとか、今年自分が50歳になるとか、そこにはいろんなきっかけがあったんですけど、今までそういったことをしてこなかったタイプだったので、ここで一度経験してみてもいいのかなと。機材を持って行って、向こうで作ったのがこの曲です。実際、そこでの経験で何かが急激に変化したわけではないんだけど、25周年のタイミングで出す曲であれば、シンプルかつ大きなスケール感が見える奥行きのあるものにしたいなという思いはありましたね。
――25周年に発表されるにふさわしい、ポルノらしさが存分に注ぎ込まれている楽曲だと思います。
岡野:今のシーンを席捲しているようなアカデミックな構成を持つ曲は若い子たちに任せて(笑)、僕らは僕らでこれまでずっと大事にやってきたことをあらためて打ち出したい気持ちもありましたね。なので、今回は極力シンプルにやろうと。
――作詞は晴一さん。今の時代に深く寄り添った内容だと思いますが、そこにはご自身のどんな思いを反映しているのかが気になります。
新藤:自分が生まれてからの日本を振り返ると、僕らが若い頃はものすごい成長を遂げて、ある意味、浮かれているような雰囲気があったわけですよ。いわゆるバブルの時代ですけど、そんな状況の残り香を感じながらポルノとして活動を始めた事実もあるわけで。そうするとね、そこから数十年経った今のあまりよくない日本の状況に自分の気持ちをチューニングするのにけっこう時間がかかったりもしたんです。でも今の若い世代はそんなこと知らないわけじゃないですか。
――経験として比較するものがないから、今の日本の状況が当たり前というか。それが普通なわけですもんね。
新藤:そうそう。だったら、そういった時代の中でこそ響く曲みたいなものもあるんじゃないかなって考えたのが、歌詞を書くうえでの起点でしたね。
――そこで生まれたのが、暗闇の中で生きる者たちへの賛歌だったと。いわゆる応援歌となる楽曲ですが、その描かれ方は他に類を見ないものになっています。
新藤:そういう書き方ができないかなと思ってアプローチしましたね。オチとして“朝日が見えてくる”とか“光が射してくる”とかじゃないですもんね、今の日本という国自体が。でも、そんな状況であっても、若者たちは楽しく生きているというイメージで書いていきました。
――タイトルの「解放区」というワードがインパクトありますね。
新藤:僕自身としては歌詞に出てくる“クラウン”をタイトルにしようと思ってたんですよ。でも今回は25周年というタイミングへの思い入れが強いのか、周囲のスタッフが様々な案をいつも以上に出してくれて。結果的に「解放区」に決まりました。当初、僕は“開放区”という書き方をしていたんだけど、“解放区”のほうがより強い言葉になるし、意味合い的にもいいだろうっていう判断になった経緯もありましたね。
――音源化の前にツアーで披露する曲という意味でもふさわしい感じがしますよね。ライブの現場はまさに“解放区”だと思うので。
新藤:うん。そういうイメージもあったんだと思います。
――昭仁さんのボーカルは力強く押していくだけではない、多彩な表現が用いられていますよね。
岡野:曲を作った段階の仮歌詞では“光を見よう”みたいなことを書いていたので、仮歌に関しても比較的強さを意識して入れていたんです。でも、晴一が書いてきた歌詞の世界がまた違ったアプローチになっていたので、自分の思い描いていた力強さと、そうじゃない要素をすり合わせながらボーカルのイメージを固めていった感じでした。曲の構成的にはほぼワンループというか、大サビで変化があるくらいシンプルなものなので、曲の中での起伏を作るためにボーカルとしていろんなチャンネルを使うことを意識したところもありました。レンジも広いので、ライブで歌うのはけっこう大変なんですけどね(笑)。
――シングルの2曲目には、昨年行われたG7広島サミットの応援ソングとして生まれた「アビが鳴く」が収録されています。作詞は晴一さん、作曲は昭仁さんですね。
新藤:広島サミットをきっかけに、広島出身である自分が戦争や平和に対しての歌詞を書くということはものすごいプレッシャーでした。結果、歌詞の中では“アビ”という鳥をシンボリックに用いることで、そういった意味合いを背負わせた感じですね。平和への願いを直接的に歌うことって、僕としてはポップソングの役割じゃないと思ってるんですよ。もちろんね、「イマジン」(ジョン・レノン)のような咀嚼の仕方ができれば人類にとっての名曲になるんだけど、本来はもうちょっと距離を置くべきかなって僕は思う。そんな思いのうえでどう表現するかが本当に難しかったんですよね。そのことをズームアップしすぎるとポップソングでは扱いきれないものになるし、逆にズームアウトしすぎると意味が伝わらなくなってしまうから。
――その難しさは理解できますが、この歌詞は本当に素晴らしいと思います。晴一さんらしさもちゃんと感じられますし。
新藤:うん。それは出ちゃいますよね、自然とね。とは言え、普段はそこをけっこう意識して書くことも多いんだけど、この曲ではそんなに余裕もなかったと思う(笑)。
岡野:歌詞を書くのは本当に大変だろうなっていうのは、僕もすごく思っていましたね。戦争と平和って、それくらい簡単には受け止めきれないものでもあるから。でも広島サミットをきっかけに、それを表現することにトライできたのはいい経験になったと思う。
――未来永劫、歌い継がれて、聴き継がれていくべき楽曲だと思います。
岡野:今年の正月に島(因島)に帰ったとき、ほとんどしゃべったことのないサッカー部の後輩が、「『アビが鳴く』、めっちゃ聴いてますからね」って言ってくれたんですよ。そこには、先輩に対してのおべんちゃらではなく、曲に込めた僕らの思いに対しての「しっかり伝わってますよ」っていう思いが含まれていたような気がして。そのときに、今の平和ではない状況をみんな憂いていることがあらためて伝わってきたし、だからこそ音楽をやる身として一歩踏み込んでみることも大事なんだなってすごく思えたというか。「アビが鳴く」を通しての経験はすごく有意義だったなと思っています。
――「アビが鳴く」の制作に続き、昨年9月8日には厳島神社でのTikTok LIVEが行われました。これでお二人の故郷である広島県と二度のコラボを実現されたわけですが、その縁はここからも続いていきそうですか?
新藤:うん、もうちょっと何かやれるんじゃないかな。
岡野:上手くいけば実現できることもありそうなので、僕らとしても楽しみにしています。