BONNIE PINK「“いち女性としての人生”を考えた」 父の死、妊活、出産を経て11年ぶりアルバムリリースへ

BONNIE PINK“女性としての人生”

 9月6日、BONNIE PINKが11年ぶりとなるアルバム『Infinity』をリリースした。2012年までコンスタントにアルバムを発表していたBONNIE PINKがなぜ、11年間もの空白期間を設けたのか。父親の闘病から他界、不妊治療から出産・育児、信頼していたスタッフとの別れなど、この11年に起きたすべてのことを語ってもらった。(矢島由佳子)

「妊活しながらツアーをやっている時は、やっぱりキツかった」

BONNIE PINK(撮影=梁瀬玉実)

――今回のインタビューでは、「11年のあいだにBONNIE PINKに何があったのか」をテーマに話を伺いたいと思っています。順を追って聞かせていただければと思うんですけど、震災後の2012年にアルバム『Chasing Hope』をリリースされて、次の作品となる配信シングル『Spin Big』まで、まず3年2カ月空いていましたよね。

BONNIE PINK:『Chasing Hope』は震災の衝撃を受けて、誰かの力になったらいいなという想いで、被災した方のストーリーから感じたことなどをそのまま音に乗せたアルバムでした。2015年は20周年だったのでアニバーサリーライブをやったんですけど、そのあいだは父がガン闘病をしていたので、地元の京都まで頻繁に会いに帰ったり、何カ月か向こうにいたりして。だから、気持ち的にも、私生活があまり穏やかではなかったというか。

――2015年は9月に渋谷公会堂でデビュー20周年ライブ『20th Anniversary Live「Glorious Kitchen」』を開催、翌日に『Spin Big』をリリースされて、11月からは全国ツアーをやられています。

BONNIE PINK:「Spin Big」は「大回転」というような意味で、人生には何があるかわからないから大逆転もあるかもしれない、といったことを歌詞に書いたんです。そこには、父への想いも少し含んでいたんですよね。先行きが見えないなかで、どうやって自分を奮い立たせるかを考えながら書いた曲だったので、すごく明るい曲ではありつつも、今思えば、ちょっと空元気でもあったのかなって。新しいアルバム『Infinity』の1曲目でもあるんですけど、当時もアルバムの1曲目をイメージして書いたんです。だから、きっとその頃からアルバムを作り始めていたんだと思います。

――その後の2017年、お父さまが他界されて、娘さんをご出産されて。2016年は闘病と妊娠が重なっていらっしゃったのだろうと想像します。

BONNIE PINK:2015年に結婚して、子どもを作るとしたら年齢的にももうリミットで。私は「子どもがほしい」と思っていたので、アルバム制作に乗り出しながらも、実は妊活を並行してやっていたんです。でも、やっぱり妊活は片手間にできるものでもなくて。その時に、スタッフが「一度音楽活動を止めて、生活にフォーカスしてもいいんじゃない?」というふうに言ってくれて、「いいんですか?」と仕事を一旦ストップして。だけど、そうすることで「自分のキャリアはこれで終わりだ」とは思っていなかったですし、それまでの20年がっつり仕事をしていたので、「ちょっと休憩してもいいかな?」とも思って。子どもを授かれるまで(音楽活動を続けて)頑張りたいなと考えていたんですけど、何の保証もない世界なので不安もありつつ。

――そうですよね……。

BONNIE PINK:妊活しながらツアーをやっている時、やっぱりキツかったんです。「排卵日が……」とか言いながらも、ツアーを先に考えなきゃいけないし、それで妊活は何カ月もロスしてしまったり。でも無事に授かることができて、出産して、そこからは怒涛の育児が始まりました(笑)。今は娘が6歳になってだいぶ聞き分けもよくなり、そんなに手もかからなくなってきたので、この数年でアーティストとして動き始めて、やっとアルバムができたという感じですね。

――出産後、音楽へのモチベーションに変化はありましたか?

BONNIE PINK:産後すぐは到底そういう気になれない、というか。曲を書きたい欲求すらなかった。まずは健康体に戻ることと、「この子をちゃんと安心できるサイズ感まで育て上げなければ」という一心で。たぶん、年齢もあると思います。私は高齢出産だったので身体の復活にもすごく時間がかかって、若い時に産んでいたら、気持ちとしても体力的にももう少し楽だったんだろうなと身を持って痛感します。それまで、アーティストとして一通りのことはやらせてもらっていたので、すぐに仕事に復帰しなきゃ! という焦りもそんなになくて、ちょっと甘えてしまった部分もあるんですけど。周りの理解があって専念させてもらえたので、すごく感謝していますね。でも、ここからは両立しながらしっかりやっていきたいなと思っています。

――私、今34歳で、子どもは「ほしい」と言って授かれるものでもないですけど、出産のことも考えながら、「でも仕事はどうなるんだろう」という不安の狭間にいて。30を超えて仕事が楽しくなってきて、まだやりきったとはいえないし、出産後もキャリアを積んでいけるのだろうか、とか考えたりするんですよね。

BONNIE PINK:大事なところですよね。生活のパワーバランスというか、フォーカスは確実に変わりますから。私、33歳の時に「A Perfect Sky」で『NHK紅白歌合戦』に出させてもらったんですよ。その前後の2、3年は、「もう楽しい!」という感じだけで、忙しかったけど「この波を乗りこなさなきゃ」という状態で。でも、あの時はそれが落ち着いて、やっと自分の“いち女性としての人生”を考えるようになったから。

――ああ、めちゃくちゃわかる気がします。

BONNIE PINK:でもタイミングは、もちろん人それぞれだし。ちょっとリラックスできた時に、たとえば身体の検査だけ行ってみて、産める身体かどうかを確認しておくとか、男性も検査だけは済ませておくとか。「どうしても今は無理」というタイミングなのであれば、卵を取っておくのもありですよね。でも、「そろそろいいかな?」と思ったら、やっぱり踏ん張り時だと思う。特に、旦那さんが「もうそろそろ」と思っているんだったら。人によるとは思うけど、男性のほうがスイッチが入りづらい気がするんですよね。女性にはタイムリミットがあるから、どちらかと言うと男性のほうがぼんやりしがち。だから、旦那さんが準備できているんだったら、それはラッキーと思って踏み込んじゃったらいいと思う。

出産後、音楽に対する欲求の変化と新たに生まれた視点

BONNIE PINK(撮影=梁瀬玉実)

――BONNIE PINKさんの場合、産後のどのタイミングから「また曲を書きたい」という欲求が出てきたんですか?

BONNIE PINK:子どもが生まれてからは怒涛の日々で。でも、子どもが徐々に言葉を発するようになったあたりから、グッと楽になって。そこからは楽しめる要素も増えて、本当にパワーをもらうようになりました。「この子のために頑張ろう」という気持ちも湧いてくるし、観察していても楽しいからインスパイアされるし。すべての人間にこういうスタートがあったんだなということを学ぶし、「自分もここを通ってきたんだな」と思うと、親への感謝を100倍くらい感じるようになりました。アルバムの最後に入っている「Infinity」は、娘の登場が私に与えた衝撃みたいなものを書いた歌で。いろいろな概念でガチガチになってしまっている大人のもとに、何のリミッターもかかってない生き物が彗星のようにぴょーんと来たものだから。「これはやっちゃいけない」「これはかっこ悪い」とか、そういうものを取っ払って、これからは娘のフィルターを通して見るくらいの気持ちで挑戦していきたいと思えたんですよね。それまでは、自分や周りの人が癒されるような曲を心がけて書いていた気がするんですけど、そこにプラスして、子どもの未来だったり、自分が亡くなった先の世界を思い描いたりするようにもなりました。子どもができてから生まれた視点ですね。

――私自身もそうなんですけど、モノを作る人って、歳を取ったり親になったりすることで「それまでのような情熱を失ってしまうんじゃないか」とか「これまで作ってきたテーマに興味がなくなってしまうんじゃないか」とか、そういった変化に恐れることがあると思うんです。そういう葛藤はなかったですか?

BONNIE PINK:誰しもいろんなフェーズがあるから。私も10代、20代、30代と、それぞれその時に感じたことを素直に書いてきたし、10代の頃に書いていた詞を今は書けないし、書きたいとも思わない。私は、何かを守るより、変わることのできない自分になるほうがイヤなんですよ。ずっと変化していたいんです。「失ったらどうしよう」という恐怖は全然なくて、むしろずっと停滞してるほうが怖い。子どもができたことで生活も変わって、生きるモチベーションや目標がひとつ増えた気がしてるから、“ありがとう”という感じです。100%の安定というものはないと思うんですけど、でもみんなそうじゃないですか。山あり谷ありで、順調だと思ったらバーンって下がったりするし、それをどう挽回するかが人生の醍醐味ですし。

――至言です。出産された1年後の2018年5月にはライブ復帰されていますが、2019年末のBillboard LIVE TOKYOとOSAKAでのワンマンライブ以降、約3年間、ライブ活動のブランクがありました。それはどういった理由でしたか?

BONNIE PINK:いろんなことがあったんですよ。産後、私がゆったりのんびりしていて、事務所も必要以上にお尻を叩かずに見守ってくれていたんですけど。そのあいだに、2000年から在籍させてもらっているワーナーミュージックでずっと一緒にやってくださっていたディレクターさんが会社を離れたんです。今までずっと一緒に音作りをやってくれていた方だったので、背骨を折られてしまった感じもして。そこで一度、私もワーナーを離れたんです。

――ああ、そうだったんですね。

BONNIE PINK:今回またワーナーとやらせていただいて、この体制にたどり着くまでにも、すごく時間がかかったんです。ファンの皆さんに触れてもらう機会を作るための最大限のプロモーションも見越したうえで「アルバムを制作したい」という想いがあって、その方法を事務所とずっと模索していました。これまではメジャーのレコード会社さんで制作をやらせてもらっていたから自由も利いたんですけど、事務所でやるとなると(予算も)グッとミニマムになってしまう。でも、待ってくださっているファンの皆さんに自分の思い描く音楽を届けたいから、自分がやりたいことをどこまでできるのかということもひとつの壁で。そのディレクターさんがワーナーを離れてから「どこから取りかかったらいいのかな」という感じで、モヤモヤしていたんです。だけど、「一歩ずつ踏み出してやっていくしかないね」と、一曲ずつ3年かけて録り進めていきました。その最後のBillboard LIVEからあいだが空いていたのは、そのモヤモヤ期ですね。書きたい題材に困ったから休んだとか、そういうことではなく、体制を整える時間がちょっと必要だったという。

――ポジティブに言うと、制作における体制の面でも、体調の面でも、本当に妥協なく一曲ずつ作ったのがこのアルバムだということですよね。

BONNIE PINK:そうですね、そう思います。最初の作曲段階からは11年になるんですけど、レコーディングやトラックメイキングはこの3年でやっていたので、今のモードや自分のやりたい音楽は、ちゃんと表現できたと思います。ここを皮切りにまた次を考える頭が戻ってきたので、ちょっとずつペースを取り戻して。子どもがいるので昔と同じペースには絶対にならないけど、今のバランスでできることをやっていきたいなと思えるところです。

BONNIE PINK(撮影=梁瀬玉実)

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