角野隼斗に聞く、AIの進化と音楽表現の未来 「“完璧な演奏”の価値が揺らぐかもしれない」

角野隼斗がAIを通じて考える“人間と音楽”

AIに対しては興味と諦め、二つの相反する感情がある

角野隼斗
ーー例えば、仮にAIがものすごくいい音楽、人間が作ってきたものと同等かそれ以上のものを生成した時、それを人間がどう受け止めるのか。

角野:AIに完全に自我が芽生えて、勝手に音楽を発表する……という前の段階で、AIで作ったものをプロデューサー的な人間が発表する、というフェーズがあると思います。つまり大枠だけ指定して、“自分の名義でゴーストライターに作ってもらう”ようなことができるようになる。それはある意味で怖いことかもしれません。そうすると文脈、つまり「なぜこの作品を作って発表したのか」ということが相対的により重要になってきます。アートの世界はもともと文脈を重要視する傾向が強いように思いますが、音楽もそのような傾向は強まるかもしれません。

ーーその作品がどんな文脈で作られたか、より問われるようになると。

角野:そういう側面が音楽の世界でも強くなるかもしれず、AIを取り入れた人が「なぜAIを使ったか」「それが自分の音楽活動の中でどのような意味を持つか」という理由をしっかりと持っていれば、それは成立するのではないかと。どこまでがゴーストライターで、どこからがそうでないのか、捉え方が難しいところではありますが。やはり作曲というところで言うと、最初はもっとツール的な使い方になっていくでしょうね。

ーーそれでは「演奏」という面ではどうでしょうか。

角野:演奏については身体性が伴うので、遠い将来にはロボットが人間と見分けのつかない演奏をするようになると思いますが、近い将来では難しいように思います。

ーー角野さんは動画(東京カレッジ座談会「AIと創造性」)のなかで、ショパンの作曲のプロセスについて、純粋に手の動きのようなものがポイントになっていて、つまり個人の身体的な制約がかかわっている、というお話をされていました。身体性というものが作曲にもかかわっているとして、その制約がないAIが「人間には演奏はできないけれど素晴らしい」という音楽を作り出していく可能性はあるのでしょうか。

座談会「AIと創造性」

角野:まさにそれが一つの可能性だと思っています。ギターがわかりやすい例ですが、人間の身体性という制約がその楽器が生み出すものを特徴づけている側面があり、そこから離れたものが出てきた時にどうなるか。きっと違和感を覚える人が多く、良いか悪いかではなく、好きか嫌いかというところでなかなか受け入れられないかもしれませんが、可能性は確かにあると思います。生演奏を主流に置いているクラシックにおいては、構造的にそういうものが出てきにくいのですが、コンピュータミュージックを考えれば、すでに演奏不可能なものは世の中にたくさんありますからね。

ーー角野さん自身のキャリアというところで伺うと、現在は演奏活動だったり、作曲だったり、まさに身体と紐づいた音楽活動を展開していますが、将来的なそれこそAIを活用するなど、身体性から距離を置いたり、離れたりというビジョンはあるのでしょうか。

角野:そうですね。身体はいずれ衰えますから、どれくらいの時間をかけてかはわかりませんが、たぶん演奏からは離れていくような気がします。演奏は楽しいですし、5年、10年後はまだ続けているでしょうが、自分がやっていることと同じことをAIができるようになったら、それは面白いなと。自分とセッションすることもできるし、手が2本増えたと考えることもできるし……と、楽観的に考えています。

角野隼斗

ーーAIに関する議論を見渡すと、AIの新しさに対する恐れや警戒心を示すネガティブな言説も少なくないと思います。角野さんは新しいものを恐れず、純粋に探求する一方で、身体性のさらなる追求をしているのが面白いですね。

角野:確かに、二つの相反するかもしれない感情があって、ひとつには、純粋に新しいテクノロジーでどんなものが生み出されるのかに興味があり、もうひとつは、どのみちAIは人間を超えるから、諦めに近い感覚もあります。ただ、人間はなぜ音楽をやるのかといえば、楽しいからやっているんだと、逆に原点に戻っているような感じですね。

ーーなるほど。AIの進化による「人間とは何か」という問い返しの中で、「楽しいからやる」という原点に回帰する人が増えていく、という可能性はありそうですね。

角野:東大のある教授と話すと、そもそも人間が創造性を主張するようになったのは近代になってからのことであると。つまり、かつては芸術家が個人として注目されることがなく、音楽もいわば神のために作ったりしていたわけですよね。一周まわった悲観的な考え方に見えるかもしれませんが、「自分にしかできないものをやる」という時代は終わって、中世のようなところまで回帰するかもしれない。

 もっとも、それが近い将来のこととは思っていないので、僕は引き続き音楽を頑張るわけですが、いずれにしてもいまは大きな変化の始まりという地点だと考えているので、AIの進化を楽しんでいきたいと思います。

※1:https://realsound.jp/2023/09/post-1429944.html

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