UKダンスミュージックの活況 The Chemical Brothers、ジェイムス・ブレイクら紡いできたクラブミュージックの功績

 例えば、NewJeans「Super Shy」のフックにおける、軽やかに浮遊しながら疾走するドラムンベースの質感にピンクパンサレスからの影響を想起するように、あるいは映画『バービー』の印象的な場面で流れるチャーリー・XCX「Speed Drive」が近年のPC Musicを象徴するアーティストであるEasyfunのプロデュースのもとに10人を超えるソングライターの手によって作られたように、UKを起点とするダンスミュージックの動きはさまざまな形で現在のメインストリームに大きな影響を与えている。

NewJeans (뉴진스) 'Super Shy' Official MV

 これらの動きを一言でまとめるのは少なくとも筆者の力量ではとても難しい。2021年10月にPitchforkが「The Zoomer Embrace of Drum ’n’ Bass(Z世代におけるドラムンベースの受容)」と題した記事(※1)で、ピンクパンサレスやニア・アーカイヴスに代表されるベッドルーム経由のドラムンベースが、TikTokを起点として若いオーディエンスを中心に熱狂的に愛されている状況をまとめたように、ドラムンベースやジャングルといった90年代のレイヴミュージックがY2K的な解釈とともにリバイバルの時期を迎えているのはもちろん重要だ。Spotifyのプレイリスト「planet rave」の誕生とその人気はその動きの象徴とも言えるだろう(念のために書いておくと、これらの動きはもちろんUKに限った話ではない。2021年10月に掲載されたTeen Vogueによる「90's Rave Music Is Making a Comeback(90年代のレイヴミュージックがカムバックを果たしている)」という記事では、ナイジェリアやラゴスといった地域でも若者の間で90年代に触発されたレイヴパーティが人気を博していることが語られている/※2)。

 だが、一方では今年の『コーチェラ・フェスティバル』の大トリとしてSkrillexとともにFred again..とFour Tetがあの巨大なメインステージに登場して煌びやかなハウスを響かせたり、グライムやUKガラージなどを自在に操りながらアンダーグラウンドシーンを起点に台頭していったShygirlが最新アルバム『Nymph_o』でティナーシェやビョークとの共演を実現していたり、カルヴィン・ハリスが盟友であるエリー・ゴールディングと久しぶりにタッグを組んだ「Miracle」で真正面からトランスを鳴らして全英チャート1位を記録したり、2010年代後半から特に大きな注目を集めるようになったドリルの流れがXGの最新EP『NEW DNA』収録の「X-GENE」にインスピレーションをもたらしていたり、テクノシーンにおいてもHAAiのような新たな才能が生まれていたり……と、「TikTokを起点にZ世代の間で90年代のリバイバルが起きており、パンデミックによってその動きがブーストした」という一言で片づけることに強い抵抗感を抱くくらいには、さまざまなサブジャンルがそれぞれに盛り上がっているという印象がある。

Calvin Harris, Ellie Goulding - Miracle (Official Video)

 ここで、視点を新しい動きからキャリアのあるアーティストへと移してみる。このようにUKのダンスミュージックがさまざまな盛り上がりを見せている状況に対して、以前からこのシーンで活躍を続けてきたアーティストたちはどのような動きを見せているのだろうか。ここからは、9月にリリースされた3組のアーティストの作品を紐解いていく。

The Chemical Brothers 『For That Beautiful Feeling』(9月8日発売)

 90年代におけるUKのダンスミュージックシーンを代表するアーティストであるThe Chemical Brothers。大ベテランでありながらも、作品やライブパフォーマンスを通じてフレッシュな存在感を放ち続けている印象のある彼らだが、その要因の一つとして「シーンに迎合することはないが、かといって無視するわけでもない」という絶妙な距離の取り方が挙げられるのではないだろうか。当時のニューレイヴ・ムーブメントの代表的なバンドであるKlaxonsをゲストに招きながらも全体としては渋めのテクノアルバムにまとめあげた2007年の『We are the Night』や、EDMが隆盛する中でしっかりアッパーに踊れるくらいのバンガーを揃えつつ、一方で彼ららしいソリッドな音色を磨き上げた2015年の『Born in the Echoes』は、そんな彼らの在り方を特に象徴した作品であるように思う。

The Chemical Brothers - Skipping Like A Stone ft. Beck

 最新作となる『For That Beautiful Feeling』は、そのカラフルなアートワークが示すように、(前作でもその要素を垣間見せていた)セカンド・サマー・オブ・ラブを想起させるような、サイケデリックな享楽性やシューゲイザーのような酩酊感、何よりポジティブなムードが炸裂したアルバムに仕上がっている。ドラムやベースの音色はこれまでの作品の中でも特に迫力のある荒々しい質感となっており、デビュー当時の機材を用いて制作された前作以上に楽曲の持つ高揚感や身体性を強く感じられるのが印象的だ。アルバム全体が一つのライブミックスのようなつくりになっているという点も本作の大きな特徴であるといえるだろう。アルバム後半における祝祭感は、彼らの膨大なディスコグラフィの中でも間違いなく屈指のハイライトである。

 The Chemical Brothersにとって、セカンド・サマー・オブ・ラブといえば自身にとってのルーツに他ならない。1980年代後半のUKにおけるインディペンデントなレイヴパーティを起点とするこのムーブメントは、当時の政権に対する反抗であり、民衆による自らの自由を謳歌するための戦いでもあったと語られている。それはまさに冒頭で紹介した90年代のレイヴに対する源流だ。本作は2021年にリリースされた「The Darkness That You Fear」を起点として生まれたものだが、閉塞感に光をもたらすような高揚感で満ちた同楽曲のインスピレーションとして当時のシーンを参照するというのは、とても自然な流れであるように思える。また、それは冒頭で述べたような(当時を知らない世代を中心とした)レイヴリバイバルの動きとも程よく呼応するものであり、やはり本作も単なる懐古主義的ではないフレッシュな感覚に満ちているのである。

The Chemical Brothers - The Darkness That You Fear (Official Music Video)

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