UKダンスミュージックの活況 The Chemical Brothers、ジェイムス・ブレイクら紡いできたクラブミュージックの功績
ジェイムス・ブレイク『Playing Robots Into Heaven』(9月8日発売)
今年の『SONICMANIA』でも披露された「CMYK」に象徴されるように、活動初期は2000年代後半から2010年代前半におけるポストダブステップの流れで注目を集めていたジェイムス・ブレイク。アルバムデビュー以降はより自らの歌声の響きやメロディに重きを置いたSSW的ともいえるソングライティングや、ビヨンセやトラヴィス・スコットといったヒップホップ/R&Bのメインストリームとのコラボレーションなどに取り組んでいたジェイムスだが、最新作『Playing Robots Into Heaven』は再びダンスミュージックに重きを置いた作風となり、多くのファンを驚かせた。
とはいえ、そのサウンドが最初期のポストダブステップへの回帰かというと、必ずしもそういうわけではない。程よいざらつきのあるビートの質感やメランコリックなムードからはエイフェックス・ツインのようなレフトフィールドなアーティストからの影響を想起させるし、アルバムにおいて最もアップリフティングでウェアハウス・レイヴ的な「Tell Me」や不穏なモジュラーシンセの音色とRagga Twinsのサンプルが交差しながらフロアを熱狂へと導く「Big Hammer」に象徴されるように、むしろ当時の作品以上にプリミティブなダンスの興奮で満ちているような感覚を覚える。(どこか冷めたような初期の作品群と比較して)身体性を強く感じることができるのも大きな特徴であり、それは自らの歌声と呼応するようなビートの起伏や、より感覚的に変移していくトラックの揺らぎに大きく由来するものなのだろう。自身のダンスミュージックへの愛情と、長きにわたって磨き続けてきたソングライティングの手腕が一つとなっているからこそ、本作はこれまでのどの作品にもない美しい手触りを持っている。
2020年にリリースされたEP『Before』や、2022年より自身が主催しているパーティ「CMYK」の存在を考えれば、本作の制作の背景にパンデミックの影響があることは想像に難くない。また、mixmagのインタビューでも語られている通り(※3)、政策などを通じてUKのクラブカルチャーが存続の危機を迎える状況を目の当たりにしていたことも重要だ(2016年には歴史的なクラブであるfabricが営業ライセンスを一時剥奪されるという事態が巻き起こった)。自らが絶大な影響を受けたダンスフロアが失われようとしている今、今度は自らの手でそれを作り出す。近年のジェイムス・ブレイクの動きや作品を踏まえると、そんな強いダンスミュージックへの想いを感じることができる。
ロミー『Mid Air』(9月8日発売)
The xxのシンガー/ギターとして知られるロミーの初のソロ作品となる『Mid Air』は、ミニマルな音像を作り上げるバンドのイメージからは良い意味でギャップを感じられる、アップリフティングで祝祭的な至高のダンスアルバムだ。自身が大きな影響を受けたという2000年代のトランスやレイヴを想起させるような七色に輝く美しいシンセサイザーの音色と心地良いハウスミュージックのビートが、自らを解放する聖域であり祝福の場であるダンスフロアをこれ以上ないほどに盛り上げる。時には聴き手に寄り添うように、時には自らの中にある感情をそっと引き出すように響く美しい歌声と、愛する女性への想いを語る言葉の数々が、本作の、あるいはナイトクラブの中にある物語を美しく描いていく。閉じていた感情やアイデンティティが、フロアの熱狂とともに解放されていく本作は、まるで「ダンスミュージックがなぜ特別な存在なのか」という問いに対する答えのような作品だ。
本作の制作にはThe xxのメンバーであるジェイミー xxや、マドンナやカイリー・ミノーグのプロデュースワークスで知られるスチュアート・プライスといった人物が関わっているが、中でも重要なのが、収録楽曲の半数以上に関わっているFred again..だろう。2010年代中頃に以前から親交のあったブライアン・イーノの作品に関わることで自身のキャリアをスタートさせ、エド・シーランやClean Banditのソングライティングやプロデュースで名を上げ、2019年から始動した「Actual Life」シリーズと2022年のBoiler Roomのセットでダンスミュージックシーンにも大きな存在感を発揮するようになったFred again..は、現在のダンスシーンにおいて間違いなく最も注目されているアーティストの一人だ。彼が奏でるトランスやレイヴの高揚感とチルアウトの心地良さを絶妙にハイブリッドしたハウスミュージックは、ある意味ではEDMの下世話さを削ぎ落としてパンデミック以降の感覚に寄り添ったとも言える、まさにメインストリームにおけるダンスミュージックの変化を象徴するようなサウンドであり、今のダンスフロアを正面から射抜くものだ。『Mid Air』に収録されている「Strong」は前述のBoiler Roomのセットにおけるハイライトの一つとしてもプレイされており、その熱狂は、本作のような音をフロアに集まるオーディエンスが心から強く求めていたことを証明している。
冒頭で(極めてざっくりと)書いたような全体の流れはもちろん、The Chemical Brothers、ジェイムス・ブレイク、ロミーの3組の新作も、それぞれが力強いダンスミュージックを鳴らしているとはいえ、それぞれが異なる時代やサブジャンルを参照しており、いかに今のUKのダンスミュージックシーンが世代もジャンルも多様な盛り上がりを見せているのかが分かるのではないだろうか。また、重要なのはこれらの動きが決して突発的なものではないということで、例えば近年のY2K的解釈に関してはSOPHIEやA.G.CookといったPC Music勢に代表されるバブルガムポップからハイパーポップ/デジコアへと至るインターネットの音楽シーンの流れを感じ取ることができるし、ハウスミュージックの流れにおいても2018年の全英年間チャート1位をカルヴィン・ハリスとデュア・リパによる「One Kiss」が飾ったように、パンデミック以前からムーブメントは続いている。人々は常にダンスミュージックを求めているのだ。
その前提の上で、近年の盛り上がりを見ていると、やはりパンデミックという「ダンスを封じられかけた」時期の存在がシーン全体に与えた影響は大きかったように思える。「封じられかけた」というのは、実際にはTikTokやYouTubeのようなプラットフォームを通して人々はそれぞれの場所で、それぞれのスタイルで踊り続けていたし、パンデミックの閉塞感に呼応するように新たなダンスミュージックが生まれ続けたからだ。むしろ、ここで一度ダンスを封じられかけたことによって、アーティストもオーディエンスも、いかにダンスミュージックが重要なものであるかを改めて実感し、それぞれにとって自分に最も合った音を強く求めた結果として今の状況が生まれたのではないかと思う。近年のUKのダンスミュージックの盛り上がりの最大の要因は、これまで長きにわたって紡がれ続けてきた、世界屈指の豊かなクラブカルチャーの歴史そのものにあるのではないだろうか。
※1:https://pitchfork.com/thepitch/drum-n-bass-pinkpantheress-tiktok-column/
※2:https://www.teenvogue.com/story/90s-rave-music-pinkpanetheres
※3:https://mixmag.net/feature/james-blake-cover-feature-interview-dance-music-playing-robots-into-heaven-dj-cmyk-club-night
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