『ULTRA JAPAN 2023』ラインナップの新傾向 ダンスミュージックシーンの潮流を反映した“脱EDM”がポイントに

 とはいえ、近年のダンスミュージックシーンの変化を考えると、今回のラインナップについてもある種の必然性を感じることができるのではないだろうか。まずは(EDM好きとしてこれを書くのはやや辛いところもあるのだが)、全盛期となる2010年代前半から時を経て、すでにEDMはダンスミュージックのメインストリームではなくなっている。単純にムーブメントが落ち着いていったことに加え、特にパンデミックの影響は大きく、大規模な会場を前提としたEDMの需要は壊滅的なほどに減っていった(念のために補足しておくが、当時活躍していたDJの多くは今でも熱狂的なファンベースを持っているし、『ULTRA』や『Tomorrowland』『EDC (Electric Daisy Carnival)』といったフェスティバルは今でも大いに盛り上がっている)。

 その代わりに注目を集めるようになったのが、クラブシーンを中心に親しまれていたハウスミュージックやテクノだ。すでに2010年代中頃にはディープハウス、後半にはテックハウスやガラージなどが台頭するようになっていたが、こちらも世界中の人々が自宅に籠らざるを得なくなった結果、Boiler Room(ロンドンで設立されたダンスミュージックを中心としたライブ配信プラットフォーム)といった配信で届けられるような、数十人~数百人程度のナイトクラブで鳴るサウンドが人気を博するようになっていった(2日目に出演する前述の4組は、全員がBoiler Roomに出演した経験の持ち主だ)。ダンスフロアは大規模な野外の会場から一人ぼっちの自宅へと変わり、パンデミックが過ぎた今でも、その影響は現場に表れている。おそらく現在のダンスミュージックシーンにおける最大のスターは(スクリレックスとも親交の深い)フレッド・アゲインだが、彼がその存在を大きく広めることになったきっかけも昨年夏に公開されたBoiler Roomのセットだった。

Fred again.. | Boiler Room: London

 一方で、ポップミュージックもまた、一人で家に籠もっている時間にポジティブなエネルギーをもたらすためにダンスの力を求めていた。デュア・リパは80’sディスコをモダンにアップデートしたサウンドでパンデミックの救世主となり、リガード「Ride It」といったTikTokでバイラルヒットする楽曲が生まれていったのだ。2022年、ドレイクとビヨンセという世界的二大スターがともに自身の最新作にハウスミュージックを取り入れたのは、(厳密には様々な要因が考えられるが)このようなクラブシーンとポップシーン双方におけるハウスミュージックの盛り上がりを意識しつつ、ドレイクがブラック・コーヒーとタッグを組み、ビヨンセがロビン・S「Show Me Love」やビッグ・フリーディア「Explode」をサンプリングしたように、ブラックカルチャーやクィアカルチャーといった、その“ルーツ”をしっかりと提示したいという意図が大きかったように思う(余談だが、スクリレックスはビヨンセのアルバム『RENAISSANCE』にも参加している)。

Beyoncé - CUFF IT (Official Lyric Video)

 ここまで書いてきたように、“ダンスミュージックのメインストリーム”を示す『ULTRA JAPAN』のヘッドライナーとして、ハウスミュージックを起点にクラブシーン/ポップシーンを自由にクロスオーバーする今のスクリレックスを起用するのは極めて自然な選択だ。また、そこからラインナップを組んでいくにあたって、いわゆるEDM的な方向ではなく、同様にアンダーグラウンドに軸足を置きつつ、メインストリームに大きな影響を与える存在でもあるケニー・ビーツ、Boys Noize、ペギー・グーへと繋いでいくのも、単に豪華なアーティストを並べるよりはシーンの“今”を体現しているように思える。

 EDMがメインストリームではなくなった今、『ULTRA JAPAN』は今後の方向性を考える時期を迎えたとも言えるだろう。EDMの全盛期から数年が経ったとはいえ、安定した盛り上がりが約束された1日目と、よりリアルではありつつも実験的な試みであると言える2日目。今年の『ULTRA JAPAN』は、フェスティバルの今後や国内におけるダンスミュージックの受容の在り方を示す、様々な意味での試金石となるのかもしれない。

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