連載『lit!』第52回:Billy Woods & Kenny Segal、Kaytranada & Aminé、IDK……“移動”や“旅”をモチーフにしたヒップホップ5作
Kaytranada & Aminé『KAYTRAMINÉ』
ひたすらそこで踊るのも悪くないかもしれない。DJ、プロデューサー Kaytranadaとラッパー Aminéによる待望のコラボアルバムは、旅のその先の景色と言えるだろう。夏に相応しい目眩いビートとラップで送る『KAYTRAMINÉ』は2人の作家性がバランスよく混ざり合い、酩酊感と“チャラさ”を携えている。微妙にざらついた音像や、時に幻惑的とも言えるようなループが目立つビートの数々は他では得られない新味を湛え、リスナーを窮屈な現代社会からの逃避を達成しているような気にすらさせるだろう。
一方で、Aminéのラップは俗っぽさとユーモアに溢れ(とりわけワードセンスとライミングが気持ちいい)、時にローで、時にメロディアスなフロウの使い分けに自由な感触がある。時々ナイーブでありながらもどこか楽観的。そんな本作は夏のバケーションのサウンドトラックとしても、パーティアルバムとしても良質と言える。9曲目「UGH UGH」にて、高級リゾートホテルで起こるトラブルを通して現代の格差や富裕層を痛烈に風刺した人気ドラマ『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾートホテル』を引用し、現代社会におけるバケーションの特権性を単純なボースティングに置き換えることなく意識させていることも、現代的と言えるだろう。
Lil Durk『Almost Healed』
全21曲57分というボリュームは、決して手軽なものではない。Lil Durkは新作『Almost Healed』で内省の旅を試みる。1曲目「Therapy Session」(Lil Durk & Alicia Keys)は、アリシア・キーズ演じるセラピスト(贅沢すぎる使い方)と対話する彼の姿を捉え、このアルバムが彼の弱さと感情、そして喪失の物語であることを宣言する。楽曲としてはLil Durkが得意とするメロディアスな曲調のものが多く、とりわけ3曲目「All My Life feat. J. Cole」や18曲目「Dru Hill」などに顕著なピアノのサウンドがところどころで儚さを醸し出す。
本作におけるLil Durkはラッパーとしての現在地点に行き着くまでの物語を、いささか感傷的に描いているが、中でもやはり「All My Life」における美しいメロディと、響く子どもたちの声は、1人の男の人生に神聖さを付与し、これまでの道程に光を刺すような優しさを持っている。自らの尊厳を保ち互いをリスペクトすること。これまでの苦難や不幸、感情の浮き沈みに向き合いながら、なんとかポジティブな方向に足を向けようとする、Lil Durkのスタンスが表れた一作と言える。また、内省的な内容に加え、セラピーのモチーフを組み込んでいる点で、昨年のケンドリック・ラマー『Mr. Morale & The Big Steppers』と少なからず通ずる部分もあるかもしれない。
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