市川由紀乃、新曲「花わずらい」で目指した演歌の新しい形 これからの理想の歌手像も語る
デビュー30周年を迎えた演歌歌手の市川由紀乃が、新曲「花わずらい」を4月26日にリリースする。同曲の作詞家には、安全地帯、HOUND DOG、吉川晃司、工藤静香などの歌詞を手がける松井五郎を起用し、一筋縄ではいかない女心の機微が描かれた。また、サビ頭で始まるという、演歌でありながら現代的なポップスの手法を取り入れるなど、演歌の新しい形が目指されている。同曲制作の経緯や楽曲に対する印象、さらに30周年に寄せる思いなど「会いたくなる歌手!」を目指す市川由紀乃に話を聞いた。(榑林史章)
頭から離れなくなるようなメロディと言葉を持った楽曲を歌いたい
ーー「花わずらい」は、松井五郎さんの作詞による現代的な要素が加わり、いわゆる演歌とは異なる新しい歌謡曲が誕生した印象です。そういう新しいものを30年という節目のタイミングでリリースすることについて、どんなお気持ちですか?
市川由紀乃(以下、市川):自分の楽曲はどれも好きなのですが、今回の曲は“とにかく好き!”ですね。大好きです! そういう楽曲を松井先生との初めてのご縁でいただけたことに感謝していますし、30年かけて培ってきた演歌という軸を大事にしながら、もっといろんなことにもチャレンジして攻めていきたいと思っていました。
ーー「花わずらい」を聴いてとても驚きました。サビ始まりなんですよね。サビで始まる演歌は、珍しいんじゃないかと思います。構成もAメロ、Bメロ、サビのポップスの形だけど、サウンドはいわゆる演歌で、新しいと思いました。
市川:ありがとうございます。私は今まで、楽曲に関して自分の意見はあまり言わないタイプだったのですが、今回は「サビ頭の曲が欲しいです」と、自分から作曲の幸耕平先生にお願いをして作っていただいたんです。私が生まれた昭和の時代は、サビから歌が始まってそのサビの繰り返しが頭から離れなくなる曲がとても多かったのですが、私が歌ってきた演歌は、最も盛り上がるところが後半にあって。語りから入り、「まだかまだか」と待った後に、後半のサビで盛り上げるという構成の楽曲がとても多くて。今回は最初から皆さんに「え!?」と思っていただける楽曲にしたくて、さらに「頭から離れなくなるようなメロディと言葉を持った楽曲を歌いたい」と。そういう私の気持ちを、形にしていただきました。
ーー今はTikTokなどSNSの影響もあり、曲の頭がいかにキャッチーであるかが求められています。TikTok時代における演歌の形。今という時代に演歌を合わせると、こういうものになるのだろうと。でも昔ながらの演歌を守り続けている作曲家の先生は、「それは演歌じゃない」と言って嫌がったりしませんでしたか?
市川:実は幸先生も、私と同じことを思ってくださっていたそうです。私が思い描いていた世界と、先生が書きたいと思っていたものが合致して生まれた楽曲です。思い切って自分の意見を言わせていただいて、すごく良かったと思いましたね。
ーー衣装も和服にレースなどの洋装のテイストがあって。
市川:ヘアメイクのはるちゃんが、毎回楽曲を聴いてコーディネートしてくれているのですが、普通に和服を着るだけではなく、襟元や帯揚げ、扇子にレースをあしらったり、簪ではなくドレスを着る時に使うような黒い胡蝶蘭を模したヘッドドレスを着けるなど、この曲に合うものをイメージして探してきてくれました。普通の白足袋の和装で歌うよりも、こういった少しひねりのある出で立ちで歌ったほうが、聴いてくださる方により伝わると思いました。
ーーさらに、歌詞に出てくるのが〈ワイン〉ですからね。
市川:そうなんです! 演歌と言ったら熱燗ですよね。そこからして、「さすが松井先生だ!」というのはありました。
ーー松井五郎さんに作詞を依頼したのも、市川さんからの要望だったのですか?
市川:私の師匠である作曲家の幸先生と、普段から「この先生の歌詞はどう思うか」「最近気になる作詞家の先生はいるか」など話をしている中で、「松井先生の歌詞は素敵だと思う」と以前に話したことがあって。それで幸先生の中で、このメロディに松井先生なら素敵な歌詞を書いてくれるはずだと確信があって、依頼してくださったのだと思います。
ーー松井五郎さんが作詞した楽曲で印象に残っているものはありますか?
市川:私の世代では、安全地帯さんや工藤静香さんなどの歌で、松井先生の歌詞をよく耳にしていました。自分が青春時代に聴いていた楽曲の歌詞を書かれた先生が、私の曲で作詞をしてくださるというのはとても特別な思いがあります。それこそ30年間歌ってきて、本当に良かったと思いました。レコーディングに松井先生も立ち会ってくださったのですが、工藤静香さんの「恋一夜」が大好きですというお話をさせていただいたら、優しい笑顔で「そうなの?」って(笑)。レコーディングでは「この言葉をこう歌ったらもっとよくなる」「この言葉を大事に歌ってほしい」などのアドバイスをいただいて、そこから先生のこだわりを感じました。
ーーそれは具体的に言うとどういうところですか?
市川:松井先生がこだわっていらしたのは1コーラス目の〈すがる 指先は嫌〉の〈嫌〉という言い方です。私は最初、どちらかと言うと突き放すような言い方をしていたのですが、松井先生は「そうじゃない」と。嫌だけど嫌じゃない、白でも黒でもないグレーゾーン、裏も表もない中間を、松井先生は表現してほしいと。はっきりした色じゃなく、好きじゃないのか好きなのか、恨んでいないのか恨んでいるのか、揺れ動いている心の揺らぎや言葉にできない感情を、歌いながら表現してほしいということをおっしゃっていました。まさに、大人の恋愛とはそういうものだよなと思いました。
ーー「花わずらい」というタイトルです。「恋わずらい」という言葉はありますが、「恋」を「花」に置き換えるだけで、ぐっと色香が漂ってきます。
市川:そうですね。「花」と「わずらう」という言葉を組み合わせるという発想がなかったので、最初はとても驚きました。でも想像力をかき立てるのが松井先生で、〈さびしくたって くちびる 噛んで 枯れやしません 花はまだ〉というフレーズがあるのですが、ここからは女性の決意を感じます。相手への未練はあったとしても、あなたと出会えたことで私はこんなに変われた。その人のことを嫌いだと言ったら、あなたのことを好きになった自分をも否定することになる。私はあなたと出会えたことで、これからもっと美しく咲きます。決して悲しいだけではない。松井先生からは、「この女性は咲こうという意識しかないから、強い気持ちで歌ってほしい」というアドバイスもありました。
ーー基本的には、事情のある男女の恋愛における別れの気持ちを歌っているわけです。
市川:はい。女性はどん底にいるはずなのに、〈怨みはせずに 悔やみもせずに〉というフレーズがあって。それを読んだ時、「いやいやこの女性は絶対に恨んでいるはずでしょう!」と思って、レコーディングの前に松井先生に「本当に恨んでいないのですか?」とお聞きしたんです。そうしたら「いえ、恨んでいますよ」と。恨んではいるけれど、〈怨みはせずに 悔やみもせずに〉と自分に言い聞かせるような、女性の心情を描かれているのだそうです。「そういう捉え方なのか!」と、目からうろこでした。どこかで怨んではいるけれど、私はこれから強く咲くんだと。自分から離れていった相手に、美しく咲く自分をどこかで見ていてほしいという心情があって。そこで「ほら、こんなに美しく咲いたでしょ!」と、これ見よがしに自慢するのではなく、「あなたと出会えたことで美しく咲けました」と、何か余裕というか奥ゆかしさが感じられて、「本当に深いな~」と思いました。
ーー聞いた話では、松井さんは、言葉にインパクトを与えるため、ア行の言葉やアを母音に持つ言葉を多く使うそうです。実際に「花わずらい」の歌詞は、「花」「わずらい」はもちろん、「咲いて」や「ワイン」など、ア行から始まる言葉がすごく多いです。
市川:「ア」は、一番口を大きく開ける言葉なので、声を張ることができます。サビの最後は〈花はまだ〉で、全部アの母音で成り立っていて、しかも最後の一文字は濁点が付いていて、濁音は聴く人にインパクトを与える言葉です。ア行と濁音の2つを使った〈まだ〉という言葉で、女性の決意を表しているのではないかと思いました。
ーーこの楽曲には、振り付けはあるのですか?
市川:三波春夫さんのお嬢さんの三波美夕紀先生につけていただきました。花が咲いたところを手で表現したり、指で体をなぞるなど、指先で心情を表現したものが多いです。指先の細かい動きが多いので、TikTokなどにあげてみても面白いかなと思います。