SHE’S、シンフォニック編成で増幅する楽曲の魅力 苦境の3年間を昇華した『Sinfonia “Chronicle”』を観て
ちなみに東京は2日公演のうち5曲が入れ替えられていたのだが、2日目のみの選曲はまず「C.K.C.S.」。ホーンがChicagoの「Saturday in the Park」ばりの温かみを作り出す初めてのライブバージョンに。そして初期ナンバー「日曜日の観覧車」に上品なストリングスアレンジを導入したことで、グッと曲にエバーグリーンな輝きが添えられた。いずれも井上竜馬(Vo/Pf)のピアノリフとの相性を考慮した上での新鮮なアレンジだった。ストリングスを加えたことで文字通りドラマ性を加味した「海岸の煌めき」「Set a Fire」。さらに日替わりの1曲である「Clock」での叩きつけるような音圧と静寂のメリハリはストリングスが加わったからこそ出せる迫力だった。
中盤には4人だけのアコースティックアレンジで、井上いわく「空に歌いたくなるイメージの曲」という「Beautiful Bird」というレア選曲。彼らのルーツの一つであるグラスミュージックの温かなニュアンスをコーラスも後押しして表現してみせた。もう1曲はうっすらと入れたトランペットが深淵なムードを作り出し、ジャンル感に縛られない新しい聴感を生んだ「Not Enough」が、派手なブロックではないものの、この日非常に新鮮な1曲となっていたのだ。ホーンとはいえ、必ずしもポップなソウルやファンクとは限らないあたりにサポートミュージシャンの楽曲への愛情が窺えるし、共にユニークなライブアレンジを作ろうとする姿勢はSHE’Sの成熟の証でもあるだろう。
開放感、ポップネス、ルーツライクな音楽をごく自然に繋いできた後は深く演奏に没入させる「Letter」「Be Here」という『Tragicomedy』の中でも核になっている2曲を披露。どちらも低音をチェロのロングトーンが担い、凛とした寂しさとでも言うべき感覚や、心臓を鷲掴みにされるような迫力を担う。ストリングスだから可能な感情の機微への寄り添い方を堪能できた2曲。井上の声にも気迫がこもる。さらにホーンも加わり、11人編成のオーケストレーションを奏でた「Chained」は圧巻。広いホールで自分一人に向けられているようないい意味での孤独。その孤独がいくつも存在しているという、SHE’Sのライブにおける一つのハイライトがこの3曲の流れで高い地平に結晶した。
終盤は最も新旧の楽曲の振り幅が大きく、グッとソリッドなアレンジのストリングスと広瀬臣吾(Ba)の作り出すグルーヴィなラインの対比が良い「Raided」、このバンドにとっての生の弦のイメージを決定づけた「Un-science」は“シンクロ”でマストなレパートリーに。声出しOKになった今、シンガロングできることも曲に厚みを加えている。ポップソウルな流れを「Grow Old With Me」と「Dance With Me」で繋ぎ、後者では何かやらかしてくれる井上が3年前同様、客席に降り大いに沸かせた。ごく自然にライブは進んでいるのだが、一体どれだけの世界観に没入したり、共に歌いジャンプしたりしているのだろう? やはり直近の2作のアルバムと去年の配信曲の存在感の強さに思い至る。
「めちゃくちゃ楽しかったわ。ライブはほんまに生き返るね」とシンプルな感謝を述べると同時にライブがない時の自分の暗さも告白する井上。そして「何もできなくて深く潜ってしまう時も、嬉しい時も自分のそばには音楽がありました。その時の表情のまま残っていくんやと思います」と彼にとっての音楽の真意を語った上で、それを「あなたのお守りのようであったらいい」と、ラストに「Amulet」を披露。バイオリンが掛け合う音がビビッドで、新しい息吹を吹き込んでいた。
アンコールでは5月24日リリースの6thアルバム『Shepherd』から「人生が終わる頃、あなたは思い出すだろう」という意味を込めた歌詞だと説明し、新曲「Happy Ending」が披露された。小説『アルケミスト』にインスパイアされた物語だというアルバムだが、ある時期の楽曲に対する答えのようにも受け取れる楽曲だと感じた。そして正真正銘の最後はまたここから外に向けて歩んで行けそうな飛翔感を携えたフル編成の「Over You」が鳴らされた。この編成が特別というより、こうあって欲しいと思う音像なのがSHE’Sというバンドの個性だと思う。もう同期演奏に戻れないなどというと、井上がMCで言っていたように現実的に「お金がかかるツアー」ということになる。毎回とは言わないが、今後も年に一度は実現して欲しい、と切に願う。
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