ショーン・メンデスの歌声が映画に与える奥深さ 『シング・フォー・ミー、ライル』観客を夢中にさせる音楽のパワー
『シング・フォー・ミー、ライル』には、前述の既成曲以外にオリジナルの楽曲も収録されている。作詞・作曲を手がけているのは、ベンジ・パセックとジャスティン・ポールによる音楽デュオ、パセク&ポール。いま最も映画界でホットなソングライティングチームと言っても過言ではないだろう。
デイミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』(2016年)では、ジャスティン・ハーウィッツが作曲した挿入歌「City of Stars」の作詞を担当(そしてアカデミー賞とゴールデングローブ賞で楽曲賞を受賞)。続く『グレイテスト・ショーマン』(2017年)では作詞のみならず作曲も手がけ、その後も『アラジン』(2019年)、『ディア・エヴァン・ハンセン』(2021年)と着実にキャリアを積み重ねてきた。
『シング・フォー・ミー、ライル』監督のウィル・スペックとジョシュ・ゴードンは、ミュージカル映画を演出するのは今回が初めて。だからこそ、パセク&ポールのような卓越したソングライティングチームが必要だったのだろう。そして彼らは見事にその期待に応え、オーセンティックなミュージカルナンバーというよりも、「Sir Duke」、「I Like It Like That」、「Steppin' Out」、「Crocodile Rock」と並べても遜色ないようなポップチューンで作品を彩ることに成功した。
そして『シング・フォー・ミー、ライル』最大のハイライトと言えば、ライルの声を担当しているのがカナダ出身のシンガーソングライター、ショーン・メンデスであることだ。2015年にリリースしたデビューアルバム『Handwritten』がいきなり大ヒット、その後3作品続けて全米チャート1位を獲得。TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」(2018年)にも選出され、今やマイリー・サイラス、ジャスティン・ビーバーといったスターとも肩を並べる、若きポップ・スターだ。
パセク&ポールが制作したエネルギッシュなアンセム「Top Of The World」、本作の主題曲であり、ヘクター・P・ヴァレンティ役を演じるハビエル・バルデムも歌っている「Take A Look At Us Now」、ミセス・プリム役のコンスタンス・ウーがアップビートなナンバーに挑戦した「Rip Up the Recipe」、メロウなバラード曲「Carried Away」と、ショーン・メンデスのソロ歌唱はもちろん、役者陣とのデュエットなど、普段の歌手活動とは異なるミュージカル映画だからこそ発揮された新たな魅力がそれぞれの楽曲に詰まっている。
彼の魅力は、何と言っても伸びやかで艶のあるボーカルだろう。濁りのない、ピュアなエモーション。ビブラートを効かせすぎず、真っ直ぐに飛び込んでくるその歌声は、歌う喜びに満ちているライルというキャラクターにジャストマッチしている。特に4曲目に収録されている「Heartbeat」は、ショーン・メンデスの提供曲であり、彼の魅力が最大限に詰まったミドルテンポR&B。Aメロではリズミカルにコードを刻むピアノをバックにしっとりとした歌声を聴かせつつ、サビになると一気に解放されて伸びやかなハイトーンボイスを披露。心がウキウキと沸き立つような、至極のハッピーソングだ。
ニューヨークの片隅で、孤独に耐えながらひっそりと日々を過ごすライル。クロコダイルの彼は、当然見つかってしまえば動物園送り。そんな彼の姿は、筆者の目には“移民”の象徴のように思える。いわばこの物語は、ニューヨークに馴染めない少年ジョシュとライルという孤独な魂を抱いた一人と一頭が種族の壁を超えて心の交流を果たす、ダイバーシティの物語でもあるのだ。
ショーン・メンデスは、コロンビアのアーティスト Camiloの楽曲にスペイン語でレコーディングした経験がある(元パートナーのカミラ・カベロから徹底的にレッスンを受けたという)。そして彼が生まれ育ったトロントでは、英語とフランス語の二つが公用語として使われている。あらゆる国の文化を享受してきたその感性は、民族や国籍に縛られない。それは、あえて人種を限定しない匿名的な“移民”=“ライル”が活躍する本作のテーマにも通じるものがあるように思う。
『シング・フォー・ミー、ライル』のサウンドトラックは、ファンキーなポップチューンが目一杯詰まったゴキゲンな一枚であると同時に、ショーン・メンデスを起用することで、ダイバーシティというテーマを深化させてもいるのだ。
■リリース情報
『シング・フォー・ミー、ライル - オリジナル・サウンドトラック』絶賛発売中
日本盤CD: 解説・歌詞・対訳 付 / UICL-1151 / \2,750(税込)
視聴・購入はこちらから:https://umj.lnk.to/LyleLyleCrocodile_Soundtrack
商品公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/sing-for-me-lyle/
※本商品に、日本語吹替版の収録はございません。