KEI_HAYASHI、日常のジレンマ×ソウルミュージックで伝えるメッセージ 障害を抱えるからこそ見える世界
洗濯石けんでゴシゴシというより、柔軟剤のふんわり仕上げという感じか。柔らかで情緒豊かな歌声が耳に心地よく響く注目のR&Bシンガー、KEI_HAYASHIが3カ月連続でシングルを発表した。6月からリリースが始まった三部作のコンセプトは「ジレンマ」。3曲にはそれぞれ90年代R&B、ヒップホップ、ゴスペルのテイストが折り目正しく取り入れられていて、しっかりとしたソウルマナーを感じさせるところも魅力だ。
今回は連続リリース企画の趣旨やコンセプトに込めた思いを紐解きつつ、各楽曲のサウンドコンセプトや彼のルーツ音楽にもフォーカス。さらに彼が抱えている病気のこともオープンに語ってもらった。(猪又孝)
コロナ禍で感じたジレンマをテーマにした3カ月連続リリース
ーー今回の3カ月連続リリースは、いつ頃、企画が立ち上がったんでしょうか?
KEI_HAYASHI(以下、KEI):今年4月頃です。単純にリリースできていない期間が長かったので、まとめてリリースしたいという気持ちがあったんですけど、せっかく作品を連続して出すんだとしたらストーリー性を持たせたテーマを設けたいと考えたんです。
ーー昨年は、配信シングル2枚のみのリリースでしたが、ここからリスタートというような思いもあるんでしょうか。
KEI:コロナ禍でなかなかプロモーションがしづらい期間ということで、気づいたら2021年は作品が少なくなりました。もちろんデモはたくさん作っていたんですけど、なかなかリリースするタイミングがつかめなくて。これからはもっともっとリリースを増やしていきたいという思いもあっての三部作ですし、そういう意味では心機一転というところがあります。
ーー3曲に共通する「ジレンマ」というコンセプトは、どのようなところから着想したんですか?
KEI:コロナ禍でいろんな矛盾やジレンマがあるなということを日頃から思っていたんです。コロナの捉え方もそのひとつ。みんなコロナじゃなくて人を恐れている矛盾だったり、自分の意思と反する行動を強制されている期間が長かったり、いろんなことがあると思います。それに対して自分も声を上げなきゃいけないと思いつつ、いろんなものに怖じ気づいてできない自分がいて、すごくジレンマを感じていて。それがきっかけでした。
ーー6月にリリースした第一弾「What if」は、どのようなサウンドを目指したんですか?
KEI:この曲のサウンドコンセプトは90年代のR&Bです。自分が小中学生時代によく聴いていて好きだった音楽のテイストを思い切って打ち出してみたいという思いがあったんです。
ーーKEIさんのルーツといえる90年代R&Bを具体的に挙げると?
KEI:この曲のサウンドとはちょっと違いますけど、エリック・ベネイとかジョーとかブライアン・マックナイトとか。今回はモニカとかTLCとか、そういうところをコンセプトにしました。
ーー2020年にリリースされた1st EP『KEI_HAYASHI1』を聴いたとき、90年代R&Bの中でもニュークラシックソウルが好きなんじゃないかと思いました。たとえばトニー・リッチ・プロジェクトとかマックスウェルとか。
KEI:はい。ニュークラシックソウルは大好きでした。
ーー細かく言うと、土臭いオーガニックソウルより、都会色が出たニュークラシックソウルが大好物なんだろうなって。
KEI:その通りです。
ーー楽曲に話を戻すと、「What If」の歌詞はどんなジレンマをテーマにしているんですか?
KEI:恋愛におけるジレンマです。これ以上好きになってはいけないけど好きになってしまう、離れたいけど離れられない。そうした矛盾、ジレンマです。
ーーR&Bにおいてラブソングは切っても切れないジャンルですが、KEIさんが好きなR&Bのラブソングはどのようなものですか?
KEI:ドロッとしているものよりも、ピュアなラブソングというか、ストレートな想いを語っている方が好きですね。ただ、このサウンドにはこの歌詞だなっていう音との連動性も大事だと思っています。たとえばギターがアルペジオで入っていたりする方が色気がある。「What If」も色気があるサウンドを求めていたので、そこに歌詞の内容を合わせていくっていう感じでした。
ーー「What If」はハッピーなラブソングではないですもんね。
KEI:そうですね。ただ、今回の三部作全体のテーマとして、ジレンマを抱えていることは良いことというか。ポジティブな意味でジレンマを伝えられたらいいなと思っているんです。「What if」のような、モラル的に許されないような恋であっても、ジレンマを抱えていること自体が実は幸せなんじゃないかなって。
ーーもう少し詳しく教えてください。
KEI:誰かを好きにならない限りジレンマは沸かないですよね。好きになったときに初めて自分の弱さに気づいたり、自分に嫌悪感を抱いたり、それをどうにかしたいと思ったりする。そういう意味では、ジレンマ自体は良いことなんじゃないかなって思うんです。より良い方向に向かう原動力になる、みたいな。
ーー「What If」のボーカル面でポイントを置いたところは?
KEI:なるべくベタっとしないように歌いました。
ーーベタッと歌うと、内容が内容だけに恨み節みたいになってしまうから?
KEI:そうなんです(笑)。重たい感じになっちゃうから。自分の好きなように歌うとベタッとした、ドロ~ンとした、黒い感じになりがちなんです。いつもレコーディングのときはディレクターさんやエンジニアさんといったスタッフに、とにかくアドバイスをもらいながら歌うんですけど、今回はできるだけドライに歌いました。