黒沢 薫、個性豊かなコラボアーティスト迎えた『All U Need Is Luv』での新たな挑戦 “自分なりのR&B”を愛する作品に

黒沢 薫、7年ぶり新作での挑戦

 2022年夏。“1人で「What’s Going On」から「Let’s Get It On」まで歌う”をテーマに、約7年ぶりの新作を完成させたアーティストがいる。

 ゴスペラーズの黒沢 薫だ。8月12日に『All U Need Is Luv』をデジタルリリースする。

 マーヴィン・ゲイの「What’s Going On」は、当時、米国に暗い影を落としていたベトナム戦争を憂いた曲。シティソウルの代名詞にもなったこの曲の歌詞にはメッセージ性もある。一方「Let’s Get It On」はベッドルーム・ソウルの定番と言える色っぽい1曲だ。

 『All U Need Is Luv』には新進気鋭のプロデューサーShin Sakiuraを迎えた「Honey」、ラッパーのSKY-HIをフィーチャリングした「Wake Up feat. SKY-HI」、松尾 潔が作詞、黒沢が作曲を手掛けたバラード「薫風」が収録されている。

 黒沢 薫に本作の楽曲制作、そして今の音楽シーンに感じることなどを語ってもらった。(伊藤亜希)

R&Bを好きな自分に対する落とし前

――『All U Need Is Luv』の制作はどのようにスタートしたんですか? 

黒沢 薫(以下m黒沢):4月から始まったゴスペラーズの全国ツアーの合間をぬってという制作スケジュールは決まっていたんです。限られた時間の中でハイクオリティなものを、と考えた結果、3曲入りのEPにしようと。そこから具体的にアップテンポの曲、バラード、ソロならではのチャレンジ……という風に自然に決まっていきましたね。

――黒沢さんのソロ作品は、一貫して“自分ならではのR&B”というテーマがあったように思いますが、今回、自分の中でのR&Bに対しては、どんな想いがあったんですか?

黒沢:僕の中でのR&Bは1990年代半ばから2000年代初めごろなんですね。そういう自分が好きな音楽に対して、落とし前をつけるような作品を作りたいと思ったんです。ゴスペラーズはR&Bやブラックミュージックをベースにしていますけど、もっといろんなことをやってるし、ジャンルや聴き手も、もっと広いイメージを持たれているグループだと思うんです。だからソロではもっと射程を狭めて、R&Bの楽曲を集めたかった。今のシーンから見るともうR&Bっていうジャンル自体が我々が思っていた1990年代~2000年代のイメージと変わってきてるんですよね。そういう中でそれを否定するわけじゃなく、自分なりのR&Bを愛する黒沢 薫を出したかったんです。

――落とし前とは、自分に対する?

黒沢:そうです。R&Bを好きな自分に対する落とし前ですね。

ーーなるほど。『All U Need Is Luv』を作るにあたり、Shin Sakiuraさん、SKY-HIさん、松尾 潔さんをコラボレーションの相手に選んだ理由は? 

黒沢:まず「Honey」をアレンジしてもらったShin Sakiuraくんは、わりと制作を始めた初期の段階から一緒にやりたいなと思ってました。じつはゴスペラーズでも何かできないかなと思っていたくらい。彼とは駆け出しの頃に知り合ったんだけど、今は新進気鋭のプロデューサーとしていろんなところで名前を見ますよね。Shin Sakiuraくんは今風なR&B、あるいはシティポップのアプローチが得意だと思うんだけど。

Shin Sakiura / 旅の途中 feat. Kan Sano (Official Music Video)

――低音を目立たせず、ダンサブルなビートを打ち出すところは、昨今のトレンドを踏まえていますね。

黒沢:そうそう。僕の歌声は個性が強いので、そういうビートに対してどうアプローチするか、歌い手の黒沢 薫に対してプロデューサーの黒沢 薫として興味があったんですよね。Shin SakiuraくんはSIRUPとの仕事ぶりなどを見ていても、歌モノに対する感覚がある人なので、彼のトラックと自分の声との相乗効果でいい曲になるんじゃないかって思っていました。松尾 潔さんはジャパニーズR&Bをやるにあたり欠かせない人。最近、松尾さんがプロデュースした松下洸平くんの一連の作品がとてもよくて。松下洸平くんに、ちょっと嫉妬したくらい(笑)。松尾さんのような一時代を作った人が、懐かしいだけじゃなく、バージョンアップして今でもしっかり残るものを作っているのが嬉しかったし「やっぱりすごいな」と素直に思ったんですよね。それで一緒にやりたいと思った。「薫風」は自分の中で昔からあった曲だったんですけど、Aメロを全部書き直した上で1曲に仕上げて、松尾さんに歌詞をお願いしました。

――「Wake Up feat. SKY-HI」は?

黒沢:もともと「Wake Up」という曲があって、2018年の時点でソロライブでも歌っていたんですよ。当時から歌詞はメッセージ性のある内容だったけど、その時はSNSにおける誹謗中傷などと、日本の世の中がうまく付き合いきれてないなぁということに憂いていた歌詞だったんです。でも、今は世界がそれどころじゃない状態だから、歌詞を書き直して。メッセージとしても、もっと広い意味にしないと、今は響かないと思ったんです。ビートも、ライブでやってた時は、普通の8ビート、16ビートみたいな感じだったんですけど、アフロビートやトロピカルハウス的なビートにガラッと変えました。ただ、新しくした歌詞を僕が歌うだけでは、例えば僕のファンより下の年齢層に届かないなと思ったんです。親父の説教な状態になっちゃうから(笑)。

――(笑)。メッセージが届かない、つまり自己満足になる危険性を感じたと?

黒沢:まさにそうですね。だから、もっと下の世代にもメッセージを伝えたいと思ったし、僕以外の人が必要だった。そんな時に頭に浮かんだのが、SKY-HIくんだったんですよ。絶対にカッコよくなるのはわかってたから、曲もラップパートを想定して作って。快諾していただいてすごく嬉しかったですね。レコーディングも、スタジオに来てくれて、セッションをして作り上げていきました。とても幸せな時間でしたね。

コロナ禍を経て自分の中に出てきた疑問

――これだけストレートにメッセージ性を出した楽曲は、初めてですよね。ソロはもちろん、ゴスペラーズでもなかったと思うんですが。

黒沢:そうですね。ずっとラブソングを歌ってきて、いつも愛だ恋だって歌っている。それはそれで逆説的なメッセージになるんじゃないかと思っていたんですよね。

――ラブソングって、どんな精神状態で聴いても、なにか救われた気になると思います。

黒沢:そう、素晴らしいものだから、大事にしていこうってこと自体、メッセージになるんじゃないかと思っていたんだけど、それだけ言っていてもダメなのかなっていう疑問が、コロナ禍を経て自分の中に出てきたんですよね。コロナ禍で人に会う回数が激減して、例えばSNSが日々のコミュニケーションツールのメインになってきたりもしたから。そうなった時に、どっちが正しいとか正しくないとかじゃなくて、やっぱり自分の気持ちを声に出さないとダメだって思って。声をあげることで、新たに選べることも出てくるんじゃないかと思ったんです。「Wake Up feat. SKY-HI」は、とりあえず、なんか言おうよ、自分の気持ちを声にしようぜ、という歌。直訳してちょっと強引にまとめると“目を覚ませ、世界は変わる”ってことを歌ってる。じつは1950年頃からブラックミュージックではずっと歌い続けられてきている内容なんですよ。そこも含めて、僕からしたらものすごくR&Bな表現なんです。愛を語る口で、社会に対して鋭さを見せる。これまではそういう鋭さを出さずにきたんですけど、時代の流れや自分の年齢もあって、やっと言えるようになったんですよね。

――気持ちを声にするって、直接伝える方法もあるけど、今はSNSもありますからね。

黒沢:そうそう。これはあくまで僕の感覚からくる意見なんだけど、Twitterを見ていて若い世代の意見が少ないなと思っていたんです。それはSNSの中ではすでにオールドメディアになりつつあるTwitterの性質もあるかもしれないんだけど。若い世代って括っちゃうのも申し訳ないけど、今の20代やZ世代の人たちは、もっと言葉にしていかないと、損をしちゃうなと思ったんです。日本ではコロナ禍でもそういう怒りをもって歌に向き合っている人が少なかった印象で。

――誤解のないようにお聞きしますが、そこに対して黒沢さんは怒ってるわけでもないし、立ち上がれって言いたいわけじゃないんですよね。

黒沢:そう。いろんな考え、いろんな正解があっていいと思う。ただ、もう少し自分から発言をしてもいい、そういう空気が出てきても良いんじゃないかな。

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