ヒグチアイ、ピアノ弾き語りツアー『最悪最愛』ファイナル公演 特別な響きの中で届けた心のひだに染み渡る歌

ヒグチアイ、ピアノ弾き語りツアーレポ

 3月2日にリリースされた通算4枚目のアルバム『最悪最愛』を携え、4月より全国9カ所にて開催されたヒグチアイのピアノ弾き語りツアー『HIGUCHIAI solo tour 2022 [最悪最愛]』のファイナル公演が5月8日、東京・早稲田奉仕園スコットホール(講堂)にて行われた。

 会場となった早稲田奉仕園スコットホールは、今年1月に100周年を迎えた東京都選定歴史的建造物。赤煉瓦造りの趣ある外観が特徴で、講堂に入ると梁のある高い天井と漆喰の壁が醸し出す落ち着いた雰囲気に魅せられる。窓の外が少しずつ暗くなってきた頃、深いグリーンのワンピースを着たヒグチがステージに現れると客席からは大きな拍手が沸き起こる。深く一礼した後、ピアノの前に座ったヒグチが肩慣らしにインプロビゼーションを始めると、湿気を多く含んだ空気が一斉に弾けたような気がした。

ヒグチアイ(写真=Taku Fujii)

 まずは自身のベストアルバム『樋口愛』(2020年)に収録されていた「東京にて」からこの日のライブはスタート。バンドマンやホームレス、ピンヒールのOLなど、様々な人から見た「東京」の景色が交差する群像劇のような楽曲である。由緒ある特別な音響空間の中で、ピアノも歌もいつもとは違った響き、距離感で伝わってくる。まるで天然のショートリバーブをかけたような臨場感あふれる音響は、続く「やめるなら今」ではより効果的だ。この曲は、昨年9月から「働く女性」をテーマに3カ月連続でリリースされた楽曲の一つだが、シンコペーションを多用しながら力強く打ち鳴らす左手の低音パートが、ゴールデンウィーク最終日の少し気だるく憂鬱な気分を吹き飛ばし、魂をぐいぐいと揺さぶってくる。と同時に、右手の軽やかなオープンコードと優しく包み込むようなヒグチの歌声が、まるで岩水のように心のひだに染み渡る。

「帰ってきました。ただいま。この1カ月いろんなことがあり過ぎて、話すことがないくらいなんですけど、追々話していくので今日はゆっくりしていってください」

 イレギュラーな会場であっても、いつもと変わらぬ淡々としたMCで場を和ませた後、ポップでどこかビートリッシュな「サボテン」を披露。この曲の軽快なリズムに合わせ、裏打ちの手拍子をするかどうかは会場ごとに多数決を採っていたという。今日の手拍子は「やりたい人だけやる」という方針が固まり、会場の響きに合わせてみんなでボリューム調整をしながら手拍子をする、微笑ましい一幕もあった。

ヒグチアイ(写真=Taku Fujii)

 「昔はワンマンなんて想像できなかった地域にも行けて、そこが完売したりして、『ちょっとは売れたんだな』と感じました」と再び笑いを誘い、観客が一人しかいない場所でライブをした頃のエピソードなどを明かしながら、当時を懐かしむヒグチ。

「『新しい自分』ではなく『あの頃の自分』がこうやって蘇ってきたのは、13年ずっと音楽を続けてきたからなのかなと思います」

 そう言って歌い出したのは「ハッピーバースデー」。別れてもまだ心の大切な部分に存在し続ける、昔の恋人へのメッセージソングだ。続く「距離」は遠距離恋愛についての楽曲で、梅雨を予感させるひんやりとした空気に溶け込んでいくピアノの音色が心地よい。キャロル・キングやローラ・ニーロなど70年代の女性シンガーソングライターを彷彿とさせるメロディに乗せて、お互いの心がすれ違ってしまうことも、相手のことを全部知らなくても、それでも思い合うことも、すべてを肯定する歌詞が胸に染みる。

 ライブ中盤では、ヒグチの弾き語りツアーでは恒例となっている「お悩み相談」のコーナーも。「恋愛がしたいのに、なかなかできない」「以前より他人に興味が持てなくなってしまった気がする」「フラれる寸前の恋人を、どうしたらつなぎとめられるか?」といったそこそこ深刻な悩みに対し、ほとんど何の答えも出さずに終了するいつものパターンだが、そうやって悩みをみんなで共有したり、時にはユーモアで混ぜ返したりすること自体が「癒し」になっているのだなと改めて思う。

ヒグチアイ(写真=Taku Fujii)

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