NHKドラマ『岸辺露伴は動かない』も担当 菊地成孔、ギルド的集団 =「新音楽制作工房」立ち上げの狙い

菊地成孔、新音楽制作工房立ち上げの狙い
『岸辺露伴は動かない』岸辺露伴(高橋一生)
NHKドラマ『岸辺露伴は動かない』((C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社 (C)NHK・PICS)

 NHKドラマ『岸辺露伴は動かない』第4~6話(2021年12月27日、28日、29日NHK総合で放送 BS4Kでは30日に3話一挙放送)で、昨年放送された1話~3話に続き、音楽を担当する菊地成孔。その活動から「新音楽制作工房」というプロジェクトを立ち上げ、ドラマのクレジットにも明記される。

 新音楽制作工房は、菊地が長年行ってきた私塾・ペンギン音楽大学の生徒のなかですでにプロ級のスキルを持ち合わせているクリエイターたちの集団。今後は自身の作品とともに、新音楽制作工房のメンバーの作品も発表していくという。

 「漫画家の先生とアシスタントのような関係性ではなく、あくまでも作家集団としての活動を目指す」という新音楽制作工房は、これまでの音楽業界には存在しなかったスタイル。このプロジェクトを立ち上げた意図、将来的なビジョンなどについて、菊地成孔に聞いた。(森朋之)

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菊地成孔が提唱する“ギルド”での作品づくりとは? 「新音楽制作工房」立ち上げを語る

これから菊地成孔のやる仕事は、すべて新音楽制作工房と共にある

菊地成孔(写真=藤本孝之)

ーー「新音楽制作工房」は、菊地さんの私塾であるペンギン音楽大学の大学院の生徒のみなさんによるクリエイター集団。まずペンギン音楽大学の成り立ちについて教えてもらえますか?

菊地:30年ほど前、ジャズミュージシャンがよくやるバイトなんですが、サックスの個人レッスンを始めたんです。ジャズクラブに「サックス教えます」と張り紙をしていただけなんですが、予想以上に人が集まって、あっと言う間に20~30人くらいになった。そのうち「音楽理論の基礎を教えてほしい」という要望があって、そのためのクラスを作ったら、希望者がさらに10倍になったんです。さらにモダンポリリズムに関するカリキュラムを併設したところ、教えてほしいという人がもっと増えた(笑)。結局、サックス、楽理、ポリリズムのクラスができたので、冗談で「ペンギン音楽大学」という名称を付けたんです。特に理由はないんですけど、“ペン大”だったらペンシルベニア大学だなと(笑)。これまでに美学校(東京・神保町にある美術、音楽などを学ぶ教室)のほか、音大や大学でも講義を持ちましたが、ずっと続いているのは私塾であるペン大だけですね。

ーー現在は音楽理論、モダンポリリズムに加えて、「BBLS(ビーバップ・ロー・スクール)」「BM&C(ビートメイキング&コンポーズ)」のクラスもありますね。

菊地:ペン大を続けていくうちに、組織化が進んだんです。理論科の初等、中等、高等のクラスがあり、さらに高度なことを学ぶ大学院も作った。もちろん私塾なので、勝手に大学院と称しているだけですが(笑)、ジャズ系、特にビーバップを教えるのが「BBLS」。ポップスのソングライトとDAWに特化したのが、「BM&C」です。今のポップスに必要なのはソングライトといいビートが作れることに集約されるので、それを一つにして教えようと。「新音楽制作工房」のメンバーは、「BM&C」の生徒です。

ーー当然、高度な音楽理論やスキルを持っているというわけですね。

菊地:そうですね。全員がペン大で和声とモダンポリリズムを学んでいて、そのうえでDAWとソングライティングを実践している。ゼミのようなものなので「ヒップホップ」「ポップス」「架空の映画のサウンドトラック」「CM」といった課題に沿って作品を提出してもらうのですが、最初は牧歌的だったというか、僕が講評し、「こういう曲を作りたいんだったら、この音源を聴くといいよ」などとアドバイスしていたのですが、ある時期から生徒の作品のクオリティがとんでもないことになってきたんです。それ以前から大学院の生徒の楽曲を配信したり、2016年にはアルバムとしてリリースしてるんですが(『PCM15 BEAT MUSICS/ペンギン音楽大学院2015年度ブラックミュージッククラス卒業制作集』)、当時はまだ「みんな、よくがんばったね」というレベルだったんですよ。2~3年前からはそうではなくて、授業のたびに彼らの作品に圧倒され、ついには「生徒の作るもののほうが、僕が作るものよりもクオリティが高い」と認めざるを得なくなった。突然変異的と言ってもいいかもしれないですね、それは。

ーー突如として、才能を持った生徒が同じクラスに集まったと。

菊地:はい。もちろん30年続けてきたペン大の下地もあったでしょうけどね。堅い言い方をすれば、彼らは和声理論、ポリリズムに関して、僕の薫陶を受けている。(菊地が参加している)DC/PRGやペペ・トルメント・アスカラールの楽曲を採譜して、それをもとにして自分の作品を作った生徒もいるので、ある意味、“カムバックサーモン”みたいなところも(笑)あるかもしれない。ただ、決してファンを囲っているわけではないしーー生徒のなかには、僕の音楽や演奏をまったく知らない方もいるのでーー先ほども言ったように作品のクオリティがとてつもない領域に達しているんです。そこでまず考えるのは、僕の作品に参加してもらうことですよね。たとえばJAZZ DOMMUNISTERSにビートを提供してもらうとか。実際、彼らが作った曲をリファレンスして、僕がリアレンジした形にしたこともあるんだけど、そういう旧態依然としたフックアップはもはや無意味だし、僕が認めた生徒で制作チームを作ったらどうだろうと思ったわけです。つまりギルドを作る、ということですね。

ーーそれが新音楽制作工房の構想につながったと。

菊地:はい。少なくとも日本のポップスの世界では例がないと思いますが、ギルドで作品を作ることは古くから行われていて。つまりレオナルド・ダ・ヴィンチも葛飾北斎も一人で描いてるわけではない、ということです。作品は代表者の名前で発表されますが、ギルドもしくは工房にいた人の名前は、よほどの研究家じゃないと知らない。そういう慣習は今もありますが、それを打ち破ろうとしているのがアメリカのヒップホップやR&Bですよね。オーバーグラウンダーのアーティストの楽曲クレジットを見ると、10人くらいの名前が並んでたりするでしょ。あれはつまり、フックを作った人、ドラムキットを組んだ人、リファレンスを提供した人、ネタを探した人を含めて、関わった人の名前をすべて並列に記しているわけです。日本は全然そこまでいっていないですよね。

菊地成孔(写真=藤本孝之)

ーーいわゆる裏方のクリエイターがクレジットに載ることは稀ですよね。

菊地:でも、実際は、音楽を一人だけで作る場合は多くないんですよね。特にドラマや映画の劇伴など、まとまった仕事はチームで制作することがほとんだと思います。アメリカなどではアンダースコアラーという役割があって、作曲家が書いたメロディをアレンジするんですよ。報酬はいいけど名前は出ないのが一般的ですが、新音楽制作工房はそうではなく、ギルドとして機能させる。「これから菊地成孔のやる仕事は、すべて新音楽制作工房と共にある」ということですね。現在のメンバーは19名で、クレジットは「菊地成孔/新音楽制作工房」になります。本当に単独で作ったものだけが「菊地成孔」で、少しでもメンバーに関わってもらった場合は「菊地成孔/新音楽制作工房」として活動することになります。

ーーなるほど。ちなみに昨年の春に公開された映像「戒厳令下の新宿」(菊地成孔 / 甲斐田祐輔)の音楽は、「菊地成孔&私立ペンギン音楽大学院 クラスBM&C」というクレジットでした。

菊地:新音楽制作工房を立ち上げる前、授業のたびに生徒の作品に圧倒されていた時期ですね (笑)。「戒厳令下の新宿」は最初の緊急事態宣言のときに作った“人が消えた街のドキュメント映像”なんですけど、音楽を彼らに振ったんです。名前が付く前の決起の時期なんですが、クオリティは高いと思います。僕の曲も入ってるんですが、「菊地成孔の曲を中心に、生徒の曲もある」ではなくて、僕もあくまでその中の一人ですね。その後、MC漢の小説『北新宿2055』の映画化の話があって、その音楽制作にも参加しています。ヒップホップ映画なので話の通りがいいというか、生徒が作ったビートをドサッと渡して、いくつか選んでもらって。いろいろあって映画の公開が遅れているんですが、外部からの仕事はそれが最初ですね。「菊地成孔/新音楽制作工房」として初めてクレジットされるのは、年末に放送されるNHKのドラマ『岸辺露伴は動かない』(4話、5話、6話)です。じつは去年のシーズンでも少し手伝ってもらったんですが、今回はNHKのドラマの担当者にも説明し、新音楽制作工房として関わってもらうことになりました。具体的にはメンバーが作った音源をそのまま渡して、「このなかで合うものがあったら使ってください」ということだったので、僕は仲介者みたいなものなんですが(笑)、何曲か採用になりました。

『岸辺露伴は動かない』岸辺露伴(高橋一生)、泉京香(飯豊まりえ)
NHKドラマ『岸辺露伴は動かない』より

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