『ザ・ビートルズ:Get Back』は“世界遺産”レベルの作品に バンド史塗り替えた映像を観て

 8時間弱にも及ぶドキュメンタリー作品『ザ・ビートルズ:Get Back』(Disney+)を鑑賞し終え、未だ興奮冷めやらずにいる。限られた時間と環境、拗れた人間関係のせめぎ合いの中、時代の頂点を極めたジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、そしてリンゴ・スターがスタッフと一丸となり、ゼロから作品を生み出していく。その様子を克明に記録した映像作品の前で、ただただ圧倒されるしかなかった。本作は、これまで筆者が40年近く抱いていた“後期The Beatlesのイメージ”を全てひっくり返すほどの、まさしく前代未聞の映像体験だったのである。

 『ザ・ビートルズ:Get Back』は、1969年1月2日から31日までに行われた、いわゆる“ゲット・バック・セッション”と、The Beatlesの自社ビル“アップル・コア”の屋上にてゲリラ的に行われた、通称“ルーフトップ・コンサート”の模様を収めたドキュメンタリー作品である。

 もともと“ゲット・バック・セッション”は、崩壊しつつあったThe Beatlesをまとめるため、ポールが発案したコンセプト“Get Back=原点に立ち返る”のもとに行われたもの。オーバーダビングやエディットの類いは一切行わず、剥き出しのバンドサウンドを彼らがレコーディングしている様子を映像に収め、それをアルバムのリリースと同時にテレビの特別番組として放送する予定だった。番組のクライマックスでは、久々に4人でのライブを披露することも予定され(1966年8月29日のサンフランシスコ公演以来、約2年半ぶり)、一時はプリムローズ・ヒルやサハラ砂漠まで会場の候補に挙がっていたという。要するに、アルバムのリリース、テレビ番組の放映、ライブの披露、さらには関連書籍までも同時に出版するという、今でいう“メディアミックス”のはしりのようなことが、半世紀以上も前に計画されていたのである。

 周知のように状況は二転三転し、最終的にこのプロジェクトは、フィル・スペクターのプロデュースによるアルバム『Let It Be』(1970年)のリリースと、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督による同名映画の公開という形に収まった。

 詳しい経緯をここで説明すると、それだけで終わってしまうので割愛するが、スペクター版『Let It Be』は、その出来に納得がいっていなかったポールの主導で『Let It Be... Naked』なる改訂版が2003年にリリースされ、リンゼイ版『Let It Be』に至っては今日まで“お蔵入り”になるなど、この時期のThe Beatlesの活動には不可解な点が多かった。実際のところリンゼイ版『Let It Be』では、4人(特にポールとジョージ)のいがみ合う様子や、慣れない映画撮影スタジオでピリピリしている表情などがことさら強調されており、「後期The Beatlesは一触即発の険悪な状態だった」というイメージを、多くの人たちに植え付ける一因にもなったのだ。

 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズや『キング・コング』などの監督作で知られるピーター・ジャクソンが、“パンドラの箱”として長いこと封印されてきたこの“ゲット・バック・セッション”に着手する一報が伝えられたのは、2019年の始めだった。

 アップルに残された57時間以上の未発表映像と、150時間以上の未発表音源を3年かけて洗い出し、最新AIなどを駆使して復元したその素材を、リンゼイ版『Let It Be』とは全く違う“新たな視点”で編集し直していく。気の遠くなるほど壮大で、目眩がするほどワクワクするこの発表に、世界中のThe Beatlesファンが沸き立ったのは記憶に新しい。しかしながらそれ以降、断続的に届けられる本作の予告映像をチェックするたび、個人的には“期待”よりも“不安”な気持ちの方が強くなっていた。

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 確かに映像そのものは、目を見張るものがあった。それまで散々ブートレグで観てきたリンゼイ版『Let It Be』の荒くて暗い画質とはまるで違う、明るくて鮮明な映像。音声も非常にクリアで、バンドサウンドはもちろんメンバーたちの話し声なども臨場感たっぷりだ。その上、そこに映し出されている4人の表情まで全てが明るく楽しげで、仲睦まじくはしゃいでいるものばかり。もし、ジャクソン監督による『ザ・ビートルズ:Get Back』が、“ゲット・バック・セッション”のポジティブな側面“だけ”に焦点を当てた作品になるとしたら、結局それはリンゼイ版『Let It Be』と同様、そこで起きていた「事実」を歪曲するものになってしまう。果たしてそれでいいのだろうか。

 そんな筆者の不安は杞憂に終わった。本作『ザ・ビートルズ:Get Back』は、当初の計画よりも尺を大幅に伸ばし、Disney+にて3日間にわたって配信することに。トゥイッケナム映画撮影所でスタートしたレコーディングの初日から、アップル・コア本社のスタジオに移動しルーフトップ・コンサートを経て最終日を迎えるまでを、ほぼ時系列で追っていくことによって、“ゲット・バック・セッション”の“ありのまま”を伝えることに成功しているのだ。

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