『BARAKAN CINEMA DIARY』
ピーター・バラカンが語る、映画『リスペクト』 アレサ・フランクリンの幼少期を丁寧に描いた点も納得
アレサが常にハンドバッグを傍に置いていた理由
黒田:前半だと、彼女がティーンで妊娠、出産したということがわかるシーンがありました。先日読んだインタビューによると、監督はそこをどう撮るかかなり考えて配慮したようです。実際に映画を観ると、性的なシーンは直接的に描かず、そういうことがあったんだろうと示唆している形でした。そこには、女性が性的に搾取されているところをエンターテインメントにしたくないという監督の強い意志があったようです。それは映画を観ているときも非常に強く感じました。
バラカン:確かにそうですね。アリーサ自身、そのことについては一切語っていないと思います。トラウマになっていたんでしょうね。ちなみにアリーサは3人姉妹の真ん中で、姉と妹もプロの歌手でしたが、彼女たちに対する嫉妬心は相当のものだったようです。アリーサは「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」の堂々の1位に選ばれたことなどもあり、揺るぎない自信を持っていてもおかしくないのですが、そうではなかったというのが興味深いですね。
黒田:やはりお父さんに才能を利用されたり、その後に近寄ってくる男にも才能や性的なものを利用されたりするうちに、彼女の中の自己肯定感が失われていってしまったのかもしれませんね。
バラカン:アリーサは常に大きなハンドバッグを傍に置いていたことで有名だったようです。なぜなら彼女はコンサートのギャラを必ず現金でもらっていたから。それはもちろん騙されたくないからです。おそらく過去に騙そうとする人がいたんだと思います。映画の最後に、アリーサ本人がジョン・F・ケネディ・センターで「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」を歌うシーンがありますが、あのときもハンドバッグを持っています。
他にも、アリーサの人生には映画に出てこない出来事がたくさんあります。全部描こうと思ったらきっと4時間以上になってしまうでしょう。一つ残念だと思ったのは、1971年3月にサンフランシスコのフィルモア・ウエストで行われた3日間のコンサートのシーンが入っていなかったこと。あれはアリーサのキャリアの中ですごく重要なコンサートだったんです。ただ、あのコンサートシーンをまともに描こうと思ったら結構な時間を費やす必要があるので、監督が描かない選択をしたのもわかります。この映画で監督が伝えたいことはとてもたくさんあって、どれも深く伝えようと思ったら時間がかかりすぎるんです。会話の中にも色々なニュアンスが含まれています。そういう意味では細かいところがちゃんと描かれている映画なので、2回、3回観ても決して損はないと思います。
※続きはPodcastで
■配信情報
『BARAKAN CINEMA DIARY』#9
出演:ピーター・バラカン、黒田隆憲
第9回作品:『リスペクト』
配信メディア:Spotifyほか各種配信サイト
配信はこちら
■公開情報
『リスペクト』
全国公開中
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J. ブライジ
監督:リーズル・トミー
脚本:トレイシー・スコット・ウィルソン
配給:ギャガ
原題:Respect/アメリカ/2021年/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/146分/字幕翻訳:風間綾平
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