ABBAが辿り着いた壮大な物語の終着点 グループ誕生から新作『ヴォヤージ』までの偉大なる歩み

ABBA、『ヴォヤージ』までの偉大なる歩み

 スウェーデンはストックホルム出身の4人組グループ・ABBAが、実に40年ぶりの復活を遂げた。11月5日には前作『ザ・ヴィジターズ』(1981年)に続く9枚目のオリジナルアルバム『ヴォヤージ』を世界同時リリース。これを携え、10人編成の生バンドと“デジタル的に”共演する革命的なコンサート『ABBA Voyage』を、ロンドンの特設アリーナ(ABBAアリーナ)にて2022年5月27日より開催する予定だという。

 実は、今回の再結成では実在のメンバーは姿を現さない。パフォーマンスをするのは「アバター」。つまり、バンドメンバーの4人がILM(Industrial Light & Magic)のスタッフと共に、モーションキャプチャやパフォーマンステクニックを駆使しながら何カ月もかけて作り上げた“デジタルABBA”なのである。映画監督のジョージ・ルーカスが1970年代に設立し、これまで数多くの映画の中で特殊効果及びVFXを手掛けてきたILMにとって、これが音楽分野への初進出にもなる。

ABBA Digital – Horizontal (Industrial Light & Magic)

 1974年から1982年まで世界の音楽チャートを席巻し、全世界で約4億枚以上のアルバムを売り上げ、17曲のNo.1ヒットシングルと1600万回以上の世界週間ストリーミング再生回数を誇るABBA。彼らはThe BeatlesやQUEEN、マイケル・ジャクソンらと並ぶ、「地球上で最も成功した音楽アーティスト」の一組として知られている。

 メンバーは、アンニ=フリッド・リングスタッド(Vo/Cho)、アグネタ・フォルツコグ(Vo/Cho)、ベニー・アンダーソン(Pf/Vo/Cho)、ビョルン・ウルヴァース(Gt/Vo/Cho)の4人。

 アグネタは1968年にはその高い歌唱力からスウェーデン最優秀ボーカリストに選ばれるなど、10代にして高い知名度を誇る歌姫だった。一方、フリーダの愛称で知られるアンニ=フリッドも、1967年には<EMI>とレコーディング契約を結び、シングルをリリースしている。また、ベニーも“スウェーデンのThe Beatles”と称されたバンド・Hep Starsのソングライター/キーボーディストとして活躍し、ビョルンはHootenanny Singersというフォークグループを組みながら職業作曲家としても頭角を現すなど、ABBA結成にいたるまでメンバー全員がすでにある程度のキャリアを築いていた状態だった。

 グループ名の由来は、メンバー4人の頭文字を取ったもの。元々は「Björn & Benny, Agnetha and Anni-Frid」という長い名前だったが、マネージャーのスティーグ・アンダーソンが何かの書類に彼らの名前を記入する際、適当にイニシャルを並べて“ABBA”と書いたことが、グループ名として定着するきっかけになった。

 ABBAとしてのデビューは1972年。1970年にBjörn&Benny名義でリリースした「木枯らしの少女」は当時日本でもヒットを記録。その後、ヨーロッパ最大の音楽の祭典『ユーロビジョン・ソング・コンテスト1974』での優勝をきっかけに、「恋のウォータールー」が大ヒットする(この時にはすでに“ABBA”を名乗っている)。さらに、彼らは「悲しきフェルナンド」「S.O.S.」と立て続けにヒットを飛ばし、ヨーロッパでの知名度を上げていく。

Abba – Waterloo (Official Music Video)

 そして1976年にリリースした「ダンシング・クイーン」が、アメリカを含む世界中で大ヒット。The BeatlesやCarpenters、Bee Geesなどに影響を受けたポップなメロディと美しいコーラス、デザイナーのウーヴェ・サンドストロームによるきらびやかなステージ衣装によって、彼らはポップアイコンに。また活動中、アグネタとビョルン、ベニーとフリーダがそれぞれ結婚。ファミリーグループとなったことによって彼らに対する親しみやすさや安心感がさらに増したことも世界進出に一役買ったと言われている。

 “ポップミュージックの完成者”とも言われたABBA。しかし、母国スウェーデンでは活動中ずっと冷遇されていた。というのも、彼らの活動全盛期だった1970年代後半は社会運動が活発化しており、政治的なメッセージソングが受け入れられていたため、いわゆる“商業的な成功”を収めていた彼らは“産業ポップ”の誹りを受けていたのだ。さらに1977年、イギリスを中心に勃発したパンクムーブメントによって、その親しみやすい存在も時代遅れとみなされるようになってしまう。

 そんな彼らの音楽が再評価されたのは、グループが1982年12月に活動停止してからおよそ10年後のこと。まずは1992年9月に発売されたベストアルバム『アバ・ゴールド』が全世界で3000万枚以上の売上を記録。これによってスウェーデン国内でもリバイバルブームに火がつく。1999年にはABBAの楽曲をモチーフとしたミュージカル『マンマ・ミーア!』の公演がロンドンを皮切りにスタート。2008年にはフィリダ・ロイドによって映画化され、日本でも大ヒットを記録した。

Mamma Mia! | Dancing Queen

 こうした追い風に乗り、2010年にABBAはロックの殿堂入りを果たし、2015年には「ダンシング・クイーン」がレコーディング・アカデミーのグラミー殿堂賞に選出された。今やストックホルムにはABBA博物館が建つなど、重要な観光資源にもなっている。

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