あらゆる音楽経験を糧にーー独自の“ピアノ道”を歩む角野隼斗という個性に迫る

独自の“ピアノ道“を歩む角野隼斗という個性

 ニュートラルで多彩な音楽活動と、クラシックの王道を往来する角野隼斗。あるジャンルの王道をストイックに進むか、タレントとして活動していくか――二者択一を迫られてきた20世紀以降のピアニストの歴史の中で、その存在はかなりユニークだ。ラン・ランやフランチェスコ・トリスターノ・シュリメ、ジャズの小曽根真など、ジャンルを越境していくピアニストは少なくないが、ここまで同時進行で幅広い展開は見たことがない。

 “憧れの人”である小曽根真は、角野との出会いについてこう語る。「僕は『弾きたいから弾くんじゃダメ? ジャズだから、クラシックだからじゃなくて、ステキな曲だから弾くんだよ!』ってずっと思ってた。それを、彼はわかってくれた。ジャズプレイヤーになりたいから弾くんじゃなくて、あらゆる音楽に興味がある。彼の交友関係を見ればわかりますよね。興味があるから、楽しいからやる。『音楽』っていうジャンルでやってるんだよね」(※1)

 興味があるから、楽しいからやる――「面白い」という本能に忠実に音楽に向き合うことで生まれたふり幅の大きさによって、角野はクラシック音楽界の中でも、ピアノ系YouTuberの中でも独特のポジションにいる。

7 levels of "Twinkle Twinkle Little Star"(きらきら星変奏曲)

 いつの時代、どんなカルチャーにも存在する、サークルとサークルの真ん中で橋渡しするキーパーソン。角野隼斗はまさに、その特異点に立っているのである。サミュエル・P・ハンティントンが『文明の衝突』の中で語ったとおり、新しく「面白い」ものは、異なるものがぶつかり合うことで生まれる。

 しかし、“クラシックもそうでない曲も本気で弾くスタイル”がなかなか理解してもらえず、悩んだこともあったと角野は語る。そのとき、答えとして浮かんだのが200年前のスター、ショパンとリストだった。

「当時はピアニストも作編曲や即興をすることが当たり前で、自分のオリジナル曲も弾いたし、人気オペラをアレンジしたりもした。ポップスのアレンジにクラシックの技法を使い、クラシックの演奏にアレンジ力を生かすようになっていた僕にとって、彼らのスタイルが大きな指針になると気づいたんです」(※2)

 そうして2020年12月にリリースされたデビューアルバム『HAYATOSM』では、「クラシックを継承しつつ、次の時代に発展する音楽をつくる」という、ショパンとリストへの憧れを前面に出した。

 12月13日にサントリーホールで開催されたリリース記念リサイタルでは、グルーヴィな「英雄ポロネーズ」を皮切りに、その響きで会場を酔わせた。ショパンの名曲「子犬のワルツ」とペアリングさせた自作の「大猫のワルツ」――彼は大きな猫を2匹飼っている――やオリジナル曲から生み出された熱気が、クラシックファンが通い慣れたコンサートホールを支配することに、はっきりと新時代の風を感じさせられたのである。

 その後、今年の6月に、ブルーノート東京で小曽根真が飛び入り参加した歴史的ライブ――男同士のなぐり合いのような、笑顔はじける最高にクールなセッション!――や、6月、9月に行われたオールショパンリサイタルを目撃したが、ちょっと目を離した隙にも急速に進化していく角野の音楽に、毎回驚きを隠せない。

 9月16日、ポーランドへの渡航直前に浜離宮朝日ホールで行われた『オールショパン』では、いい意味で力の抜けたステージングと、深みを増したマズルカやバラードに息を飲んだ。作曲家が愛した祖国で音楽に向き合う「ショパン・コンクール」という経験すら、ゴールではなく、彼の音楽を形づくる「糧」になっていることがわかったからである。

 角野隼斗の生演奏に接した人の多くが、なにより印象的と語るのは、彼の「音」だ。消える瞬間まで計算しつくされたように、丁寧で美しい弱音と、残響。その緻密な――小曽根真いわく“理系らしい”解釈と「音」は、浴びるように聴いた名曲にさえ「こんな音が存在していたのか」という発見をもたらしてくれる。この「音」を生で聴く体験をすると、他ではなかなか満足できなくなってしまう。

 ピアノは、鍵盤の打楽器である。ポーンと鳴らした音は、真空を漂い、膨らむことなく減衰していく。生涯、ピアノ曲だけを書き続けたショパンはおそらく、その「音」に自分を重ねていたのではないだろうか。“詩人”というワードでは語り切れないショパンの激しさ、孤高な素顔のようなものを、角野の音は教えてくれる。本番に垣間見せる笑顔の裏で、一体どれだけの時間を、彼はショパンと過ごしてきたのだろう。

 音は空気の振動でしかないけれど、ときに言葉を凌駕する。音は皮膚や感情、さまざまなものに直接作用する。音は、絶対なのだ。だからこそ不安定なこの時代に、角野の「音」は、私たちの心を打つのかもしれない。

 いよいよ2022年、角野隼斗2年半ぶりの全国ツアーが開催される。開催にあたって彼は、自身の言葉で次のように語っている。

「個性っていうのは「出す」ものじゃなくて「出る」ものないじゃないかと思ったのです。そして自分はそれが「本気で愉しんでいる時」に出やすいということも。(中略)全力を尽くした先に溢れ出してくるなんらかの自分らしさがあって、それに興味を持ってくれる人がいたら嬉しいなと、思っています。ショパンが大好きだから」(※3)

 ショパン・コンクールを通して進化を続ける“角野隼斗“の音楽は、やがて“かてぃん“の音楽にも変化をもたらすだろう。今まさに発展途上にある“両者“の今後が、楽しみでならない。

 「音」に、そして「面白い」に絶対妥協しない誠実さ。それが角野のステージに熱狂を呼ぶ。空気を通して心震わすその「音」と「響き」を、同じ空間で味わうチャンスは間近だ。

HAYATO SUMINO – third round (18th Chopin Competition, Warsaw)

※1:角野隼斗オフィシャルインタビュー(2021年6月)より
※2:Mikikiインタビュー より
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/27733?page=2
※3:オフィシャルnoteより
https://note.com/880hz/n/n65406d5a5303

■コンサート情報
角野隼斗全国ツアー2022 “Chopin, Gershwin and… “
https://eplus.jp/sf/word/0000137482

1st.フルアルバム「HAYATOSM」
https://hayatosum.com/archives/discography/1211

■関連リンク
https://www.youtube.com/user/chopin8810
https://twitter.com/880hz
https://instagram.com/cateen8810
https://hayatosum.com

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