『Amulet』インタビュー

SHE’S 井上竜馬が『Amulet』で辿り着いた境地 「本質的に人間が孤独だからこそ届けられる音楽がある」

 SHE’Sが5thアルバム『Amulet』を10月6日にリリースする。一人の存在を救済するために作った前作『Tragicomedy』が結果的に、コロナ禍で内面に向き合う時間が増えた新たなリスナーを獲得したことで、むしろ対象を意識しすぎることから開放されたと、前回のインタビューで語っていたコンポーザーの井上竜馬(Vo/Pf)。本作には初のゴールデン帯のドラマ主題歌「追い風」や、今秋、話題の映画『そして、バトンは渡された』のインスパイアソングである「Chained」などが収録されることもあり、具体的なテーマは設けず、アルバムタイトル通り、様々な場面で受け手の“お守り”になる楽曲を自由に制作。その結果、これまでにないダークな歌唱やゴスペル的なコーラス、新たな音像を楽曲に昇華することに成功している。

 誠実でストイックなバンドイメージに固定されることなく、根っからの洋楽好きの資質を全開にしたスウィートなラブソングには普遍的なポップソングの系譜も伺える。言わばその日のお守りにも、マイ・テーマソングにもなるカラフルな楽曲の集合体だ。(石角友香)

愛が大きなテーマにあるインスパイアソング「Chained」

――まず、映画『そして、バトンは渡された』のインスパイアソング「Chained」についてですが、井上さんは原作をすでに読んでいたそうで。

インスパイアソング:SHE'S - Chained【主演・永野芽郁×田中圭×石原さとみ 映画『そして、バトンは渡された』予告編】

井上竜馬(以下、井上):2年前ぐらいに読んでいました。「愛情」というものがすごく大きなテーマである作品なんです。(タイトルから)最初は陸上の話かな? と思っていたけど、全然違って。主人公そのものがバトンとしていろんな親のもとに渡っていくというストーリーでした。その誰もがちゃんと愛情を注いでいて、それが本人に伝わりにくいものであっても、ふと思い出した時にあったかい記憶として残っていたりとか、愛情をそこで止めるんじゃなくて次に手渡していくっていうことが可視化された作品で。それはたぶん今まで人間が行ってきたことだけど、ちゃんと目を向けないと気づかない、当たり前なものとして受け取ってしまっているものだから、改めてハッと気付かされて、すごく魅力的でした。

――今回、インスパイアソングとしていろいろなアーティストが名乗りを上げた中でSHE’Sが選ばれたと。プロデューサーの田口生己さんとはどんなお話をされましたか?

井上:「映画のスケール感に合った壮大な曲だったので、感動して選ばせていただきました」と言っていただけて。歌詞の面ではそんなに元々あった曲からかけ離れたメッセージではなかったんですけど、「よりこの作品が描いてる愛情という大きなテーマを歌詞に反映していただけたら、大丈夫です。井上さんなりの解釈で寄り添っていただけると嬉しいです」というふうに聞いていました。

――なるほど。歌詞の中にはっきりと〈繋がれた愛を 止めなければ〉という部分があって、映画の内容がイメージできるなと思いました。

井上:ミステリーなわけでもないし、ホラーとか、シリアスすぎる作品ではないので、観ていただけたら、タイトルの意味もこの映画が伝えたいこともわかりやすくみえる作品じゃないかなと思います。

――井上さんはこの物語に登場する誰にいちばん感情移入できました?

井上:森宮さんという、最後のお父さん。同じ立場にいないから、共感はできなくても、自分が父親になったときに、こう思ってたいなと思うし、こういうお父さんでいたいなと思う部分がたくさんあったので、すごく入り込んでしまいましたね。

『Amulet』はより生活に密着したアルバムに

――アルバムの話に移りますが、前回のインタビューで井上さんがおっしゃっていた「すごくいい」という意味がわかりました(参照:SHE'S 井上竜馬、ソングライターとしての現在地 コロナ禍に得た自信や楽曲制作への向き合い方を語る)。この1年のSHE’Sのイメージはいい意味でストイックで真面目で優しいものだったと思うんですが、今回はビビッドでポップなアルバムだなと。

井上:今までと違うのが、大きなテーマを作ってから作品を作り始めたわけじゃなかったところですね。書き下ろしの数が今までより多かったので、そもそもその曲たちがある状態で、じゃあアルバムはどういう作品にする? っていうところが大きいかな。アルバム一枚を通してストーリーを作るという方向じゃなかったからこそ、いろいろなアプローチでーーサブスク感覚じゃないですけど、1曲1曲をその時の気分とか、シチュエーションとかで、「落ち込んでるときにこの曲」とか「とにかく楽しくなりたいときはこの曲」ってしてほしくて書いたし、お守りのようなものにしてほしくて作ったアルバムだったからこそ、カラフルに聴こえるし、ラフに聴けるのかなと思いましたね。

――冒頭はインストの「Rained」ですが、どういうイメージが?

井上:先ほども言ったように『Amulet』はその時々でピックアップして聴けるような、より生活に密着したアルバムなのかなと思っています。なので、積極的に生活音をたくさん取り入れたインストになっているんです。雨の音から始まって、雨がやんで、街の音があって電車の音が聴こえて……あくまでもこの音楽たちは日常があるからこそ、そこの傍らにあるようなものだよという、意思表示のようなインストにしましたね。

――前回のインタビューで去年、井上さんは問題意識があって“プロブレムズ”というアルバムになりそうだったという話もありましたが、たしかにそんな内容の曲もありますよね。象徴的なのが「Delete/Enter」。これはそういう意識のときにできた曲ですか?

井上:意識というか、自分の中でどうしようもなく消したい出来事があって。怒りのようなものを表現しようというタイミングになったので書きました。

――確かに怒っているときに聴きたいって意味ではすごく強い曲です。

井上:もうなんかむっしゃくしゃして、爆音で全部壊してやりたいってときに聴いてもらえると、気持ちいい曲かなと思います。

――井上さんのボーカルも今までになく冷徹な印象です。

井上:ボーカルに関してはAメロは怪しげな感じをイメージしたし、サビとかBメロとかは呆れているというか、冷徹さをイメージしながら歌っていました。

デジタルを活かしたトオミヨウのアレンジ力

――アレンジはトオミヨウさんとの共作ですが、トオミさんのアレンジセンスはどう活かされてると思いますか?

井上:デジタル音の部分で力を貸してもらった感じですね。構成では曲の大きなところというよりかはできあがった曲をお渡しして、「ここにシンセとかで面白いアイデアあったらほしいです」とお願いして一緒に作りました。

――トオミさんのアレンジは一つのイメージじゃないというか、いろいろなタイプのアレンジがありますよね。

井上:そうなんですよ。なんでもできちゃうというか。しかも何をやっても浅くないから面白いんですよね。自分には到底思いつかないような音をさらっと入れてくれたりするから。今回は名指しで「トオミヨウさん、入れたいです」とお願いしましたね。『Tragicomedy』のときに「One」と「Unforgive」でトオミさんと一緒にやったので、その時の印象もすごくあったし。

――この「Delete/Enter」のアレンジの肝は? 鍵盤もエフェクトが効いていて怖い音ですね。

井上:ちょっとホラー感を出したかったんです。今まで、デジタルとバンドサウンドの爆発みたいなことはやってきてはいたし、「Unforgive」もそうだけど、それをホラー風にしたことはなかったなと思って。コード使いもボーカルも怪しげな不気味な感じを、意識しましたね。

サウンドにおける“今”のSHE’Sらしさ

――“プロブレムズ”的なテーマで言うと「Imperfect」もそうなのかなと。

井上:そうですね。「Imperfect」に関してはもともとこういうのも歌わないとなと思っていたのをすごくライトに書いた曲だったんです。僕たちは不完全で当たり前なんだってことを楽しく歌わないと、逆に伝わらないかなというか、思ったように伝わらない気がするから、あえて深堀りすることなく書きましたね。

――曲調自体はアメリカンロックっぽくもあるし、割とルーツっぽいロックなんだけど、クラップが同じ拍で入ってたりするのが面白くて。

井上:ここ2年ぐらい僕はゴスペルとかも聴いて、「やりたいな」と思っていたんで。それを実現させようと思って書いていました。

――この曲における今のSHE’Sらしさって何だと思いますか?

井上:サウンドですかね。ピアノもギターもガシガシ弾くし、好き勝手、縦横無尽な要素を取り入れまくるという奔放さがある種、SHE’Sがいままでトライしてきたことだったから、それがらしさかなと思います。

――確かにいろいろな要素があって、プレイヤー各々の自由度が高いのもありますが、これだけ色々入っているのも新しいですね。いわゆるピアノロックと言えない新しさを感じました。

井上:年々そうなっているかもしれないですね。「ピアノロックってもう言わんでええんちゃうか」、ぐらいのところに来ているというか(笑)。本当にジャンルはロックでもなんでもよくて。

――ジャンルがなんでも良くなってきたのは、なんでも気軽に聴ける時代になってきたこと以外にも理由はありますか?

井上:正直よくわからないですけど、わかりやすくするために聴き手がカテゴライズしたがっているのかなとは思います。でも、クリエイター、発信する側がカテゴライズしてしまうのはもったいないというか、音楽の純粋な楽しみじゃなくなっちゃうかな? っていうのはずっと考えていて。だから、パッと聴いて、何のバンドなのかをわかりやすくするために僕らは「ピアノロックバンド」という言葉を使ってますけど、正直、その形はなんでもいいというか。ボーダーを自分たちで作ってしまうもったいなさっていうのはあると思います。

――一生のうちにどれだけどんな曲が書けるのか、という思いもあるのでは?

井上:単純に似ている曲を出したくないっていうのはありますね。「この曲またあの感じか」と思われるのは嫌だし、自分もリスナーとしてそういう作品を聴きたくないから、そこがエネルギーとしては一番大きいところかな。

――普遍的なポップアルバムとしての良さを感じたのは「So Bad」や「Do You Want?」なんですけど、日本でこういう曲をやるバンドは少ないですね。

井上:やらないんですよ、本当に。「こんなんやるんや、僕ら」、「ええんか? こんなんやってて」と自分でもちょっと思いましたけど(笑)。

――それはこういうテーマってR&B系アーティストが書くことが多いから、とかいう「ええんか?」ですかね。

井上:でも、実際これもSHE’Sだし。僕が歌ってピアノを弾いて、(服部)栞汰がギターを弾いて、4人が音を鳴らしていれば自然とそのルーツがにじみ出てSHE’Sになっていくから、カテゴライズするだけもったいないというか。そうすることでせっかくおもしろい曲が生まれるチャンスがなくなる気がするんで。やれて良かったですね。

関連記事