矢野顕子×上妻宏光、“やのとあがつま”ならではの芳醇な演奏 ふたりの“民謡”の味わい深さを堪能する一夜に

やのとあがつまが鳴らす“民謡の味わい深さ”

 民謡に加えて、前半のラストには矢野顕子のオリジナルであり、アルバム『ふたりぼっちで行こう』に矢野顕子&上妻宏光として収録された「Rose Garden」を披露。15分間の途中休憩を挟み、やはり矢野オリジナルであり、糸井重里の歌詞が民話的で切ない「にぎりめしとえりまき」、会場が感動のあまりに静まりかえったような気がした上妻宏光のソロによる三味線プレイ、そして矢野ソロパートとして「大好きなNHK Eテレの番組で再発見しました」という「まりと とのさま」。本編後半には、やのとあがつまのオリジナル「いけるかも」、アンコールのラスト曲は、1976年の矢野顕子のデビューアルバムから連なる壮大な連作曲「ふなまち唄 Part Ⅲ」。民謡とオリジナル、カバー、さらに“オリジナル民謡”と、どの曲にも「やのとあがつま」の刻印を打ち込んでいく。

 ここで説明するまでもないだろうが、いわゆる民謡は「Aメロ・Bメロ・サビ」といったポップスやロックのお作法とは無縁の存在だ。山場のない曲もあるし、コード進行でも解析しづらいであろうし、上妻の三味線ソロを聴いていても「何拍子」といったお約束からは解き放たれている気がする。

 深澤秀行が参加するエレクトロ民謡的な曲ではビートはキープされているものの、全体を通して聴こえてくるのは、緻密かつ奔放な「絡み合う音のうねり」。長い年月をかけて口伝され、磨かれてきたであろう民謡の「フィジカルの強さ」が、矢野顕子の持っているジャズにも通じるうねり感を呼び起こしたのかもしれない。そして(傍目には)軽々とそのうねりに絡む上妻宏光は、もちろん単なるアドリブでもないのだろう。すぐれた芸術家は、すぐれた職人でもある。

 休憩後に、独特なデザインの真っ赤なジャケットと黒のスリムなパンツにヒールの靴という、客席の想定外(失礼!)のファッションで登場した矢野顕子。彼女が「(このふたりの音楽は)今まで聴いたことのない、民謡なんだけど、大幅に違う」と表現した、いわば「シン・民謡」の世界に、このスタイリングが一役買っていたのも印象的。

 東京文化会館という意匠を凝らした空間に、意匠を凝らした音楽が躍った夜だった。

■ライブ配信
『やのとあがつま(矢野顕子&上妻宏光)Tour 2021 - Asteroid and Butterfly -』
2021年5月21日(金)〜5月27日(木)23:59まで見逃し視聴あり
視聴料:¥2,880(税込)/チケット付き視聴はこちら

矢野顕子 オフィシャルサイト

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