今考えるべき“アイドルとSNS”の関係性 神宿マネジメント 柳瀬流音に聞く、リスクと利点
神宿におけるClubhouseの使い方
ーーそういう意図があったわけですね。柳瀬さんがSNSを始めようと思ったタイミングにはClubhouseは存在しませんでしたが、実際に何度か触ってみてどういう印象を持ちましたか?
柳瀬:面白いプラットフォームだと思っています。僕は最高の影響力がある場所やコミュニティってどこかといったら、それは間違いなくライブだと思っていて。ライブというのは言葉で演出する、画像や動画で演出するというどのプラットフォームよりも、明らかに影響力がある。会場に入るときから中で起こった出来事、そのすべてを演出することができる。それこそどういう匂いでどういう室温で楽しんでもらうか、広く深く設計できます。アイドルとしての活動において、人の五感に一番影響力があるのがライブだと思うんです。さらに、アイドルのライブではお客さんが声を出して参加する、双方向のコミュニケーションでもある。考えてみたら、それってClubhouseみたいだなと思ったんです。
ーーそれは興味深い意見ですね。
柳瀬:Clubhouseはライブハウスのような存在で、スピーカーはある程度演出できる。ただ、この演出というのが難しくて、声優さんやアナウンサーさんのような喋りのプロは、声の使い方で、与えられる影響が変わることを理解していると思います。声で何かを伝えるということはものすごくハードルが高くて、かつ演出の融通が効きづらい。ただ、同時に声の持つ情報量ってすごく大きなものがあるとも思っていて。僕たちの中ではSNSとしてClubhouseをどう使っていきましょうかというよりも、神宿と世の中との接点としてそれをどう使っていくべきかを考えています。
2月13日に初めて使ってみて、気づいたことがたくさんありました。メンバーやスタッフ、関係者の方々からもフィードバックをいただいたし、ファンの方からもリプライをいただいて、本当にやってよかった。むしろ、ファンの方々からすると「そこまでぶっちゃけるんだ」と驚かれたことも多かったようで、数字の話も結構しましたね。僕としては「これは怒られるかもしれない」というスレスレのところを攻めていこうと最初から決めていたので、そこがClubhouseの面白さでもあるのかなと。敵を作りたいわけではないんですけど、日本のエンターテインメント業界のしきたりや独自の空気の中で「この発言はしづらいよね」ということはどんどんしていきたいなと思います。
ーーClubhouseでは結構ぶっちゃける人も少なくないですよね。それをアーカイブとして残さないぶん、その場に遭遇した人だけがライブ感を得られる楽しみもあるのかなと。
柳瀬:それはすごくあると思います。僕が知っている限り、官僚の方がやったりすることもあって。そういう普段接することができない職種の方の裏話が聞けるのは価値があると思います。やっていて面白いなと思ったのは、もう5年10年会っていない昔の友人がちらっと聞いて、連絡をくれたことです。何気ない会話の中から近況報告したり、お互いの信頼関係を構築したりすることって、社会生活上重要だと思うんですけど、Clubhouseのいいところはそれを幅広い方々に理解していただけること。自分たちが喋っていることを意図していないような方にも聞いてもらえて、取材にお邪魔したときに「この前、柳瀬さんのこの話面白かったよ」って言っていただけたりとか、お互い久しぶり感がそれによってなくなったりするのも、やってみて面白いところだなと思いました。
ーー音声だけで顔が見えないぶん、Clubhouseではちょっと肩の力を抜いて対話できるのもあるんでしょうか。
柳瀬:本当にその通りで。メンバーからも言われたんですけど、家に帰ってすっぴんでもできるし、メイクを落としながらでもできると。これがInstagramやYouTubeのライブ配信だと、どうしても背景を演出しなくちゃいけないから、そのハードルが下がっているぶんいろんな使い方ができる。そこに対して神宿が「Clubhouseを日本で一番活用したアイドル」として語られる日が来たらうれしいですね。
ーーメンバーを含めて「こういう使い方ができたら」という、具体的に考えていることはありますか?
柳瀬:もうすでに、羽島めいさんが悩み相談と称して、ファンの方から悩みを聞く機会を設けているんですが、本人は気づいていないかもしれないですけど、関係者の方も挙手して入ってきたりするんですよ。あの企画は面白いですね。先日も海外の方が入ってきて、「日本語があまり得意じゃないので英語でいいですか?」ってことで、急に僕が招集されたり、「いや、僕じゃなくて塩見(きら)さんのほうがいいと思いますよ?」と塩見さんが呼ばれたり。そういう企画に対して、めいさんは仕事ではなく趣味だと思っているみたいなんです。
ただ、実は「アイドルって時間をお金で売っているのに、そんなことをタダでやっていいんですか?」という反対意見もあって。僕はClubhouseで「神宿は時間をお金で売っていないですよ」と伝えたんですが、そこに対してめいさんが叩かれながらも突き進んでいくことによって、ほかのメンバーが参入することになったときにファンの方の中に免疫ができていたり、そういう緩衝材の役割を彼女が担ってくれることが多いんです。インターネットがこれだけ普及すると、いろんな方やいろんな文化が入ってきやすくなるじゃないですか。それによって、凝り固まっていた日本におけるアイドルという定義が揺らぎつつあると思っていて。そこを再定義する存在として、神宿が名乗りを挙げていきたいという思いが軸にあるんですよね。
演じるのではなく、“アイドルの人生”を全うしている
ーーこれだけ複数のSNSを並列して使っていくのは大変さもあるのかなと思いますが?
柳瀬:逆に、全然大変だと思っていない部分もあって。そこの境界線ってなんだろう? と今お話を聞いていて考えたんですけど、おそらく去年リリースさせていただいたアルバムの『THE LIFE OF IDOL』というタイトルに答えがあるのかなと。「アイドルって何なんだろう?」と考えたとき、裏側とか素顔が気になるじゃないですか。ということは、アイドルには裏表があるんだと。裏表があって演出してしまうことによって、SNSの使い分けが難しくなるんですよ。「このSNSではどういう側面を出さなきゃいけない」とかそういうことに縛られてしまって、本当の自分がどうありたいかのかと乖離してしまう。
昨年公開されたBTSさんの『BREAK THE SILENCE: THE MOVIE』というドキュメンタリー映画の中で、メンバーが最初に聞かれた質問が「芸名と本名を教えてください」だったんです。日本ではなかなかそんなこと聞かれないですよね。しかも、そのあとに「本来の自分とBTSのメンバーとしての自分とで、違いはありますか?」という質問されたんですけど、ほとんどのメンバーがないと答えていたんです。彼らに限らず、本来の自分とステージに立つアイドルの自分とで何が違うかを考えることって、すごく大事だと思うんです。ただ、そこの乖離があることが当たり前になっているのは、逆に不自然かなとも思っていて。
ーー先ほどYouTubeでは“日常を切り取っている”という話もありましたが、神宿は個々人のパーソナリティーとアイドル活動がより密接に繋がっていると。
柳瀬:ファンの皆さんに伝えたいのは、みんなが見ている神宿メンバーは僕らスタッフが見ている神宿メンバーと大差ないよということで、本当に普段からあんな感じなんです。彼女たちは演じているんじゃなくて、“アイドル・神宿”としての人生を全うしているだけ。だとしたら、SNSの使い分けにもあまり困らないだろうし、逆に予期せぬことや誤解を生んでしまう可能性があるから、どういうふうに使っていくのかと僕のほうが少し考えますよね(笑)。
アイドルが今後どうなっていくかと考えたときに、僕たちの中で大事にしているのはリーダーシップを取れる存在でありたいということ。昨年、ファンクラブアプリ「CHIP」を使ってメンバー個人のファンコミュニティを作らせていただいたんですが、あれは僕の中でも自信を持って進めていきたいと思った施策のひとつ。収益はすべてメンバーに還元します、それを公言することによって、ファンの方とメンバーが直接つながれる。ファンの方が使ってくれたお金がそのままメンバーに行くというのも、ファンの方にはきっと喜んでもらえるでしょうし、メンバーとしても事務所からお金をもらっているのではなくて、ファンの方からいただいていると感じることによって、より責任感が生まれる。それが数字として変動していくことに対して、自分と向き合うこともできる。
特に神宿のメンバーは5人とも考え方や持っているカルチャーが全く違うので、できるコミュニティも全然違うんですよね。その一人ひとりのコミュニティが成長、成熟していくことによって、5人集まったときにより大きくて普遍的なエンターテインメントを作ることができると思っているので、そこでリーダーシップを取っていくためには、やはり世の中に価値を提供できる人間に成長できないといけない。そういうアイドル像って今までにあまりなかったと思うので、もっと自分らしく生きて、その中で自分の失敗や成功を世の中にも還元できる存在になってもらえたらと思っています。