『15th Anniversary 弾き語り Best』インタビュー
藤田麻衣子と弾き語りの関係性 デビュー15周年、“一発録り”ベスト盤に挑んだ理由
職業として毎年歌っていくことに、何年も格闘してきた
ーーさて、音の話にいきたいと思います。今回の弾き語り音源とオリジナル音源とを聴き比べてみて思ったのは、どんなカタチであっても、藤田さんの楽曲の世界観がまったく変わらないということ。軸がハッキリしているんだなと思いました。藤田:ありがとうございます。ブレてないです(笑)。
ーー個人的には、激情ほとばしる「高鳴る」のパフォーマンスに文字通り高鳴りました。
藤田:あれはたしかに弾き語りし甲斐のある曲なんですよ。
ーー「水風船」の弾かないアレンジも新鮮でした。
藤田:ああ、低音だけしか弾いていないところがありますね。
ーーこういうアプローチもあるんだなと思いました。今回のピアノアレンジは、弾き語りライブなどを通して、長い時間をかけて到達したものですか? それとも一度譜面でガイドラインのようなものを作ったりするんでしょうか?
藤田:いや、譜面は作らないですね。歌詞の上にコードを書いたものを見て弾いてます。たとえば「水風船」は、初期の頃からバイオリンと私だけとか、バイオリンとチェロとピアノといったスタイルでやってきた曲なんですね。なので、「あ、これいい」と感じた弦のアプローチなども取り入れて、改良を重ねながら「好き」と思える今回のアレンジにたどり着きました。
ーーコードだけ見てそれを弾いているということは、こう弾きたいという完成形が頭の中でできているということですよね。
藤田:「ここでは絶対こう弾きたい」と思うフレーズがあるときは、忘れないように、コードの横に、たとえば「ラシド」とかってカタカナで書き込んだりしてます。今回のランキング上位、特にDisc1の収録曲は、ライブでの登場回数も多いので、弾き慣れてはいました。「環状8号線」が上位に入ったのは意外でしたけど。うーん、でも、Disc2の収録曲も、ライブでやった感覚が甦って、「あれ? 私、意外と弾けるな」なんて思ってましたね(笑)。
ーーそのポジティブさ、いいですね。
藤田:10周年で回った47都道府県弾き語りツアーのときに、県ごとに細かくリクエストをもらって、毎日のようにセットリストを変えてたんですね。本当に修行のようなツアーだったけど、おかげで手が憶えてて、「ああ、やってきたことがつながってる」と今回思いました。
ーーOKテイクにするにあたって大事にしていたのは?
藤田:やっぱりライブ感です。「2テイク目のほうがうまく録れてるけど、1テイク目のほうが新鮮でいい。これでいこう」と決めたものも多かった。厳密に言えば、「ピアノのここ、1音抜けちゃったな」とかもあるんですけど(苦笑)、「アリにしていいな」と。
ーー一発録りの潔さとその妙が音から感じられます。
藤田:私がずっと「ピアノ苦手」と言ってたのを知るディレクターも、「藤田さん、やればできるじゃないですか」と褒めてくれました。私も「なんかできる気がする」と(笑)。だから、緊張感はもちろんあったけど、楽しいレコーディングでした。そもそも私、オクターブも届かないから、迫力出したくても出せない。ピアノが上手な人に聴いてもらうのは恥ずかしいなとずっと思ってたんです。でも、大事なのはそこじゃないなと。この15年の間に、いろんな人にいろんな言葉をもらって、ようやくそういう気持ちになれました。
ーーどんな言葉が残っていますか?
藤田:最初の頃は、「難しいことを弾かなくていいから、間違えないように弾きなさい」とアドバイスされてましたね。「みんなピアノを聴きに来てるんじゃない。歌声を聴きに来てるんだから、お客さんが安心して歌の世界に入れるように」と。今でもそれはすごくよくわかります。その大事さがわかるからこそ、間違えてしまう自分を責めて、ライブが怖くなった時期もありました。そうなったときは、「間違えてしまっても気に病まなくていい。それもライブと思って楽しんでくれる人がいるんだから」という言葉に救われました。考え方って一つじゃないから、その時々で自分に都合のいい言葉を選んで信じてきた感じです。今はその全部がストンと腑に落ちてる。ピアノが苦手と思ってきた部分も含めて、全部が私の味になっているんだろうなと思えるようになりました。
ーーそれが藤田さんの今の強みですね。
藤田:「オクターブも届かないし、指先もすぐ痛くなっちゃうし、もうピアノ、いや!」と友だちに弱音を吐いたこともありました。そしたら彼女が、「その小さい体でピアノを一生懸命弾いてるから、みんな、よりグッとくるんだよ」と言ってくれた。「えっ、そうなの? それもプラス?」と目からウロコで、それ以降は「そうか。そこも長所と感じればいいのか」と(笑)。根が真面目なので、「こんな私が弾き語りなんかやっちゃいけない」などと思いがちなんですよ。今は、「聴きたいと思ってくれる人が聴いてくれている」と思えてます(笑)。
ーーちょっと音フェチな感想ですが、「君が呼ぶのなら」に藤田さんの爪の音が入ってますよね。あの爪の音から焦燥感が伝わってきて、パフォーマンスの瞬間が見えるようでした。
藤田:あ、それ、エンジニアさんが言ってた気がする。「爪の音が消せないんだよな」、「べつにいいと思う」という会話をした憶えがあります。
ーーさて、これまでCD化されてなかった「カーテン」と「スポットライト」についても聞かせてください。まず前者ですが、ライブでは歌っていたんですか?
藤田:はい。「カーテン」はデビューした2006年以前からあった曲で、大事すぎてどこに入れていいかわからないままここまできてしまいました。どこかのタイミングで、昔のディレクターから「曲はいいんだけど、歌詞が抽象的だから、書き換えてみたら?」と言われたことはあるんです。いやだなと思いつつトライはしたけど、どうもしっくりこない。やっぱりこの歌詞でしか歌いたくない、この歌詞を消したくないと思ったんです。
ーーそこは守りたかったんですね。
藤田:「歌詞を変えないとCDに入れられないなら、入れなくていいや」というやりとりがあって、そのままになっていました。私としてはできればシングルにしたかったけど、タイアップつきのシングルが続いてタイミングがなかった。かといってアルバムにヌルッと入れたくはなかったんです。『一つ言葉にすれば 一つ何かが変わる』に「カーテン」が生まれた経緯は書いていますが、その作ったときの弾き語りの「カーテン」がとにかく自分の中で仕上がりすぎていて、今更ビートをつけてアレンジする感じでもなかったんです。今回リクエストをたくさんいただいたおかげで、作った当初のままの弾き語りでようやくカタチにすることができました。
ーー「スポットライト」は、2017年に長年の夢だったオーケストラコンサートで歌われた曲ですね。
藤田:これもCD音源としてアレンジするというのがどうしても見えなくて、あの日の映像作品に残っていればいいなと思ってました。一方で、弾き語りだったらやってもいいかもとは思っていたので、今回リクエスト上位になっているのを見て、「わーっ、レコーディングできる!」と素直にうれしかったです。ミュージカルが好きで音楽にのめり込んだ私のバックグラウンドが伝わる曲でもあるし。
ーー初出しはあのオーケストラコンサートですか?
藤田:実は2015年のファンクラブライブで一度披露しているんです。「藤田麻衣子をミュージカル仕立てにしてみました」と言って弾き語りで歌ったことで、よりオーケストラとの共演の夢が膨らんだんです。
ーー弾き語りの「スポットライト」でも、終わった途端スタンディングオベーションしたくなりました。
藤田:ありがとうございます。
ーー声のコンディションはよかったとのことですが、声に関して、今、どんなことを思いますか?
藤田:最初の頃は声で恐れるものは何もなかったんです。ツアーの本数もそんなになかったから、声が嗄れる理由もないし、若いから高音の曲をモリモリ歌いたくて、そういう曲ばかり書いてました。ホントに可愛くない言い方なんですけど、ピアノは苦手だけど、声は自由自在になるもの、道具として使って遊ぶものと思っていました。ただ、ツアーの本数が増えるにしたがって、声の調子を崩したり、調子悪くても2時間以上歌わなきゃいけなかったり。そういうなかで闘う場面も増えていきましたね。2018年には声そのものが出にくくなる事態にも直面しました。故障して治すということを知ったことで、よりいいコンディションにする術を持って歌に臨めるようになったんです。昨年の『necessary』ツアーは、声の悩みを全く抱えずに完走できました。ただ、これまでのライブ映像を見ると、だいたい歌えてるんで、悩んできたと言っても説得力ないんですけど(笑)。
ーーウハハハ。
藤田:でも、職業として毎年歌っていくというところでは、本当に何年も格闘してきたんですよ。ようやくそこから解き放たれて、不安を抱えずにライブが楽しめるようになった。楽器と同じですよね。やっぱり使い方、メンテの仕方は知っておいたほうがいい。知っていればやる必要のないことだってある。もちろん、マスクは以前から年中してましたけど、たとえば、加湿器とか吸入器。数年前は神経質なくらい使ってたんですけど、去年はほとんど使いませんでした。あれしなきゃ、これしなきゃと細かくやらなくても、とても調子がいいので、あ、トンネル抜けたな、次のステージに上がれたのかなと勝手に思ってます。
ーー初回盤ボーナストラックには、2011年に声優の平川大輔さんに楽曲提供した「共犯者」も。歌詞的にもドキッとするナンバーですね。
藤田:最新の2曲である「臆病な恋の歌」と「きみのあした」は絶対入れたかったんですけど、「共犯者」は2016年の47都道府県コンサートでも根強い人気を見せてた曲で、今回リクエストも多かったのでセルフカバーしました。こういうマイナーコードの曲ってやっぱり好きなんですよ。「すごくいいの録れたね」とディレクターと一緒にホクホクしてました(笑)。
ーー全体を眺めて、もし、ご自身としての推しがあれば。
藤田:「パンジー」の間奏からサビにいくあたりの畳み掛けるような表現とか、「in fact」の完璧じゃない危うい感じの部分を含めたライブ感かな。あとはやっぱり「カーテン」ですね。6畳半くらいの部屋に住んでいた当時、頑張って2万円くらいで買った電子ピアノであの曲を作って歌う21歳の私がいます。いいものが録れたなと思います。
ーー見つめ直したこと、新たに発見したことが多かったでしょうね。
藤田:懐かしいというより15年も経っているとは思えない、のほうが強いですね。どれもちゃんと今の気持ちで歌えたと思います。ミックスのとき思ったんですけど、私って曲調によって声の色が変わる。意識して変えてはいないからきっと無意識の反応なんだと思うんです。そんなところまでわかっちゃう、スケスケなアルバムだなと思いました(笑)。
ーーこの作品を携えて4月からツアーが始まります。
藤田:『弾き語り Best』を出したわけだから、弾き語りで回るのが順当だとは思うんですけど、今は何にせよ「~しなきゃいけない」から解き放たれてみようと思っているので、純粋に自分がどうやりたいかを考えました。ちょうどそんな折、ファンクラブのライブでアコギとピアノだけでやる機会があって、それがすごく心地よかったんです。表現としての可能性も感じたので、そのスタイルをツアーに取り入れたいなと。弾き語りのコーナーもあれば、サポート陣に任せて歌う場面もあるという風に、いろんな側面を楽しんでいただけるアコースティックライブになると思います。
ーーそして、9月8日はオーチャードホール。
藤田:9月6日でちょうど15周年なので、私自身が原点に帰れるようなスペシャルライブにできたらいいなと思ってます。ぜひ、楽しみに待っていてください。
■リリース情報
『15th Anniversary 弾き語りBest』
2021年3月3日(水)発売
初回限定盤(Anniversary Disc仕様/2CD+セルフライナーノーツ)¥4,800+税
通常盤(2CD)¥3,300+税
配信はこちら
<Disc1収録曲>
1.恋に落ちて
2.運命の人
3.環状8号線
4.君が手を伸ばす先に
5.あなたは幸せになる
6.蛍
7.ねぇ
8.高鳴る
9.宝物
10.素敵なことがあなたを待っている
<Disc2>
11.水風船
12.君が呼ぶのなら
13.パンジー
14.恋煩い
15.カーテン
16.in fact
17.you
18.君よ進め
19.スポットライト
20.秋風鈴
<Disc2 Bonus Track(初回盤のみ)>
21.共犯者
22.臆病な恋の歌
23.きみのあした
■ライブ情報
『藤田麻衣子 Acoustic LIVE TOUR 2021 ~15th Anniversary~』
4月24日(土)岡山・CRAZYMAMA KINGDOM
4月25日(日)広島・広島クラブクアトロ
5月10日(月)神奈川・横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
5月28日(金)埼玉・彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
6月30日(水)大阪・BIGCAT
7月1日(木)愛知・名古屋DIAMOND HALL
7月31日(土)熊本・熊本B.9 V1
8月1日(日)福岡・DRUM LOGOS
8月22日(日)宮城・仙台Rensa
『藤田麻衣子 15th Anniversary Special Live』
9月8日(水)東京・Bunkamura オーチャードホール