アルバム『Between The World And Me』インタビュー
INORANが考える、流れに身を委ねることの大切さ 「気持ちに余裕を持っていないと乗り越えていけない」
リスペクトは大事だけど、そこでは上とか下とか関係ない
ーー『Between The World And Me』の1曲目の「Hard Right」は、音の定位でかなり遊んでいますよね。そこも新鮮で、オープニングからガツンとやられました。
INORAN:ありがとうございます。そうですね、ドラムが右に振ってありますし。作っているときから「ドラムが右にあると、The Beatlesみたいでカッコいいな」と思って。僕の勝手な、間違ったビートルズ感なんですけどね(笑)。
ーーかと思えば、トロピカルハウス的なサウンドがあったり、ロック寄りのアレンジもあったりと、味付けはバラエティに富んでいるけど軸にあるメロディは実にINORANさんらしいもの。そこにブレはまったく感じられませんでした。
INORAN:自分ではわからないことなので、そうだとありがたいですね(笑)。
ーー本作と前作はランディ・メリルがマスタリングを手がけています。手応えはいかがでしたか?
INORAN:前作『Libertine Dreams』のときに感動したんですよ。だから今回も絶対彼にやってもらいたかったし、つながり的にもレベルアップしている感じがしますね。
ーーこの人選はレコーディングエンジニアさんの意向だったそうですね?
INORAN:そうです。ランディを起用したのは有名どうこうじゃなくて、そこにはしっかりした理由があったから。井上慎太郎くんというエンジニアがいるんですけど、マスタリングで音が変わるので「誰にマスタリングしてもらいたいか?」と彼に一緒にやってみたい人を挙げてもらったら、そこにランディの名前があったんです。
ーー冷静に考えて、すごい組み合わせですよね。INORANさんはLUNA SEAの最新アルバム『CROSS』(2019年)でもスティーヴ・リリーホワイトと一緒に仕事をしています。
INORAN:スティーヴとはもともと知り合いから始まったんですけど、要はマインドなんですよね。それはMuddy Apesをやっていても感じることなんですけど、リスペクトは大事だけど、そこでは上とか下とか関係ない。まあ、スティーヴは僕のことをだいぶ小僧だと思っているだろうけど(笑)、僕はスティーヴをリスペクトしてるし、彼と仕事をしたいと思った。ランディとは実際に会えてはいないけど、彼に対しても同じ気持ちなんです。一緒にやりたいという気持ちと一緒にやりたいという曲がある。断られるかもしれないけど、そこでアイデンティティは持っていないと当然ダメですよね。それはMuddyのときに外国人チームに教えてもらったことなんです。
ーーランディ自身が前作を通してINORANさんの音楽を認めたから、今作につながったわけですものね。
INORAN:そうだと思います。オーダーを聞いてはくれると思うんですけど、僕は今回「ランディの音にしてくれ、以上」って伝えただけですから。で、終わったら「最高だ。これを早くみんなが聴いてくれることを望んでいる。すでに次のあなたとの仕事を夢見てるよ。ありがとう」と伝えてくれました。そういうやりとりはありました……クソ生意気でしょ?(笑)
誰かの人生のサウンドトラックを作りたい
ーーいえいえ、素直にカッコいいと思います。では、歌詞の面はどうでしょう。今回のアルバムではどういったことを伝えようと考えましたか?
INORAN:最近思ったことなんですけど、僕はソロデビューから一貫して「なぜ音楽を作りたいのか?」と考えたときに、それは自分のためなのか人のためなのかはわからないですけど、誰かの人生のサウンドトラックを作りたいんだなと。今回もある男が主人公の映画なのか、テレビドラマなのか、小説なのかわからないけど、そいつはこの世の中に生まれ落ちてきたけど、でも完璧な男ではないので、葛藤したり人と交わりながら自分が抱えているものを吐露していく。曲ごとにいろんな側面を捉えていくことで、21個のエピソードが作れたわけです。だから、作詞をオファーするときも「こういう男がいて、夢を持ってこの街に来たけど……」みたいな説明はしました。そういう意味では、一つひとつのエピソードが集まった、ひとつの大きなシーズンを作るというコンセプトが今回はありましたね。
ーーだからなのか、歌詞を読んでいるとちょっと小説みたいだなと感じたんです。
INORAN:結果的にこの物語の主人公に共感するエピソードが、誰にもひとつはあるというものになったんじゃないかな。思い描いていた以上に良い物語ができたなと持っています。
ーーINORANさんの中でこのアルバムに登場する主人公は、どういうイメージを持っていますか?
INORAN:それを説明しちゃうと種明かしになってしまって、つまらないじゃないですか(笑)。でも、誰にでもあるような強さだったり弱さだったり、ちょっとファニーなところもあるとは思うんですけど。決して特別な男ではなく、どこにでもいるようだけどスペシャルな奴ですね。
ーーわかりました(笑)。『Libertine Dreams』と『Between The World And Me』ではJon Underdown、Nelson Babin-Coyの2名がすべての作詞を手がけています。
INORAN:Jonは『BEAUTIFUL NOW』(2015年)から何曲かお願いしていて、彼ならではの世界観、愛情の深さとまっすぐさとファニーさは特別だと思ってお願いしました。Babin-Coyさんは『Libertine Dreams』が初めてだったんですけど、僕にないものを持っている方で、その世界観に感動しましたね。
ーー最初から自分で作詞せずに、外部の作詞家さんにお願いしようと考えていたんですか?
INORAN:最近はそうですね。歌詞を書くのが面倒とかではなくて、いろんな人と作業することが好きなので。僕は長いのか短いのか、いつまで続くかわからない人生の中で、自分が持っていないもの、まだ見ていないもの、感じたことのないものをもっと得たい、見てみたいだけなんですよ。
ーー特に英詞に関しては、僕ら日本人からは普段出てこないフレーズや表現も多いのではないでしょうか。
INORAN:僕ら日本人にはない宗教観や階級というものが彼らの中には絶対的に存在するので、そこを真似はできるけど、細かい比喩や感情の出し方という点では敵わないですよ。そういう意味では、2人の歌詞は最高でしたね。その書いてもらった歌詞を僕が歌うことで、さらに違う色も出せますし。例えばダイヤモンドがピンクダイヤモンドになるとか、色がちょっと変わるとか光の屈折が加わるとか、そういう違いが出せると思うんです。
ーーその歌詞によってアレンジが変わることもあるんでしょうか?
INORAN:例えば『Libertine Dreams』のときは、わりとスピード感を持って全部作り上げたけど、今回の『Between The World And Me』は『Libertine Dreams』を作っている期間だけちょっと待っていてもらっていたので、その間に経験したことや体験したことも当然入ってくるわけです。だから、歌詞に「もっとリズムを鳴らせ」とあったら、その部分のリズムを強くしたりとか広くしたりとか、そういう変え方はしましたね。それこそ「Leap of Faith」はサビのコーラスラインが来たときに、その前後をなんの音で挟むかとか、その相乗効果はよりブラッシュアップできたかなと思います。