ヨルシカ、幻想的な映像&音楽に散りばめた物語とメッセージ 過去・現在・未来を繋げた初の配信ライブ『前世』レポート
過去から現在に戻ってきて、さらに時間は進んでいく。アコギの柔らかな音で始まるのは、新曲「春泥棒」。2020年3月からCMソングとしてオンエアされていたが、これまで配信はされていなかった曲だ。〈瞬きさえ億劫〉〈さよならさえ億劫〉など、サビで繰り返される「億劫」で伸びやかに歌われる特徴的なフレーズには、一瞬にして心を掴まれるのではないだろうか。背後でピンクの光に照らされた魚たちがちらちらと泳ぐさまは、まさしく風に舞う桜の花弁のようだった。
照明が落ち、水面から差す一筋の光だけになって、インスト「海底、月明かり」が流れると、再び立ち上がったsuisが、今度は楽器陣の真ん中に立つ。歌い始めるのは「ノーチラス」。少女エルマが青年エイミーの旅路をなぞり、最後には彼の死の事実に辿り着く、という曲だ。下から見上げるようなアングルで映し出されたsuis、泳ぐ魚、そのさらに上から光が差し込む構図。そして、最後のサビで一気に光が増えて、辺りが明るくなっていく様子の美しさは言葉にしがたいものがあった。強く声を張っているわけではない、むしろ終始穏やかで丁寧なsuisの歌声が、こんなにもと思うほど胸に迫る。
圧倒されるまま、「エルマ」へ。この曲はエイミーからエルマに向けたもので、「ノーチラス」でのエルマの声にエイミーが応えているようだった。そして、最後の曲である「冬眠」。曲の最後に歌われるのは〈君とだけ生きたいよ〉という言葉。「君」を失い続けた数々の物語の果てにたどり着いた願いが深く突き刺さる。
画面はホワイトアウトし、アウトロはそのままエンディングに繋がっていく。オープニングを逆さになぞるようにストリングスだけが残り、画面にクレジットが表示され、最後には、水中と魚たちを背景に、丸い図形が浮かんで水に溶けるように消えていった。
『前世』は、配信であることを逆手にとって構成されたライブだった。細かく調整された画角、光の演出、ピントのぼかし方。何を映すかだけでなく「何を映さないか」にまでにこだわって作られた、一つの作品だった。ここに観客が入ればむしろ邪魔になっていただろう。手拍子も、コールアンドレスポンスも、アンコールも、この完成された配信においてはノイズにしかならなかったはずだ。
ライブの後、SNSには、映画のようだ、美術館のようだったという意見が挙がっていた。『前世』は確かに、ただのライブを超えた何かを感じさせた。配信が完全に終わり、改めて私たちの観たものは何だったのだろうかと考える。ライブの形を取った、誰かの記憶だったのだろうか。それはエルマとエイミーなのかもしれないし、『盗作』の犯人なのかもしれないし、ヨルシカの音楽に出てくるほかの誰かかもしれない。『前世』というタイトルから想像するなら、彼らは連なった1人の魂に集約されていくのかもしれない。
今はただ、青くゆらめく水中と、そこに差し込む光の美しさが、1枚の絵画のように頭にこびりついている。美しいものを見た、という記憶がただ残っている。
■満島エリオ
ライター。 音楽を中心に漫画、アニメ、小説等のエンタメ系記事を執筆。rockinon.comなどに寄稿。Twitter(@erio0129)
■セットリスト
ヨルシカ Live『前世』
2021年1月9日(土)
01. Overture
02. 藍二乗
03. だから僕は音楽を辞めた
04. 雨とカプチーノ
05. パレード
06. 言って。
07. ただ君に晴れ
08. ヒッチコック
09.青年期、空き巣
10. 春ひさぎ
11.思想犯
12.花人局
13.春泥棒
14.海底、月明かり
15.ノーチラス
16.エルマ
17.冬眠