ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(7)柊キライ、Kanariaら2020年の活躍と今後のシーンに寄せて

 全7回を通してボカロシーンの音楽的な流行の変遷を追ってきた当連載であるが、これまで概観してきたものはボカロシーンのごく一部であることは強く主張しておきたい。ほとんどのボカロPはメインストリームから外れて活動しており、シーン内の流行に左右されない人物も多い。彼ら/彼女らがいて初めて「ボカロシーン」は成り立つのだ。そこには多種多様なバックグラウンドを持った様々な音楽がある。これまで何度か指摘してきた「アマチュアの音楽が広く聴かれる」というボカロシーンの性質には、「千本桜」に代表される単発での特大ヒットという意味も当然含まれるが、それ以上にアマチュアによる楽曲群が第三者によって厳選されることなくユースカルチャーとして定着したという点こそが本当の意味でのボカロシーンの特異な性質ではないだろうか。

 この「ボカロシーン」は様々な要素が奇跡的に絡み合った結果に形成されたものだろう。初音ミクの人間とは異なった響きの声がアニメキャラクター的なビジュアルと紐づいたこと、公式のキャラクター設定が最小限に留められていたこと、ブームの中心地となったニコニコ動画にタグ機能があったこと、発売とニコニコ動画の隆盛のタイミングが重なったこと、歌ってみたなどのカルチャーと紐づいたこと、そして多くのボカロPに用いられたこと。このどれか一点でも欠けていたとしたら、初音ミク/VOCALOIDは一過性の局所的なブームに留まっていた可能性は高い。YouTubeの台頭によりマイナーな楽曲が認識されにくくなるということは前回述べたが、最近ではボカロP・ちいたなが発起人となりTwitter上に「#vocaloPost」というハッシュタグも登場している。まだニコニコ動画のタグほど使用率は高くないが、今後より普及していけばシーン全体を見渡せるほどまでの重要なタグとなるかもしれない。また、YouTubeやbilibiliなどに存在する海外のボカロシーンには当連載で述べたものとは別の歴史が存在するし、そもそも「ボカロ曲」というラベルが貼られていないVOCALOID使用曲も多い(元々の開発目的としてはこちらの方が自然だろう)。繰り返しになるが、当連載で取り上げたものはVOCALOID使用曲のほんの一部の歴史に過ぎないのだ。

 様々な変化を経て現在、ボカロ曲は以前にも増して広く聴かれている。今後シーンがどのように変化するのかは誰にもわからない。シーンという枠組みを保ったまま音楽的にも人口的にもより大規模になることもあり得るだろうし、逆に各々の音楽ジャンルに帰属し始め、シーンが解体されることもあり得るだろう。ただ確かに言えるのは、2007年の日本に新しい音楽シーンが誕生し、多くのアマチュアミュージシャンが頭角を現したこと、それを見て多くの人物が音楽を始めたこと、その流れが後続の音楽にも大きな影響を与えたことなのである。

■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。noteTwitter

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察

・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚
・(5)ナユタン星人ら新たな音楽性の台頭
・(6)YouTube発ヒット曲の定着
・(7)2020年の動向と今後

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