宮本浩次「木綿のハンカチーフ」に見る、昭和歌謡の新解釈 カバーアルバム『ROMANCE』に向けて紐解く“懐の深い歌唱表現”
エレファントカシマシのボーカリストとして、そして近年はソロアーティストとして、ますます存在感を放っている宮本浩次。その象徴したアクションのひとつが9月16日にリリースされたシングル『P.S. I love you』のカップリングに収録された太田裕美「木綿のハンカチーフ」のカバー曲だ。音楽番組での歌唱やラジオや店頭スピーカーなどからじわじわと広がり、もともと宮本やエレカシを知らなかった人からも注目を集めている。SNS上でもファンが「聴いた!」と喜びの声を上げているばかりでなく、「あのカバー、気づかなかったけどエレカシの人だったんだ」というような感想が目につくし、USENのJ-POPヒットチャートでも上位に位置し続けていることからも、この楽曲が草の根的に人々の耳に届いていることがわかるだろう。
この曲が注目を浴びた理由はいくつかある。まずは何よりも楽曲自体の知名度。宮本と同じ昭和40年前後生まれの世代にとってはそれこそ子ども時代から慣れ親しんだ歌だろうし、もっと若い世代にとっても、数々のカバーやCMでの起用によって耳に残っている。シンプルでわかりやすいメロディと歌詞の切ないストーリー。作詞・松本隆、作曲・筒美京平というゴールデンコンビによる楽曲の普遍性と強度は、発表から35年を経た今も変わっていない。それに加えて、ここ数年、若い世代を中心に起きている昭和歌謡ブームもある。
70年代や80年代のシティポップのリバイバルに端を発して、「バブリーダンス」でバズった荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」を筆頭に、山口百恵、松田聖子、沢田研二、中森明菜といった昭和の歌手の人気が再燃。一方欧米でも日本の歌謡曲が「発見」され、竹内まりや、山下達郎、大貫妙子、杏里、角松敏生といったシンガーソングライターの楽曲から影響を受けた「フューチャーパンク」や「ヴェイパーウェイヴ」と呼ばれるジャンルが生まれていたり、お隣の韓国でもレトロカルチャーを愛でる「ニュートロ」(new+retroの造語)ブームを追い風に、昭和歌謡をフロア仕様にリミックスしてプレイするDJ・Night Tempが人気を博したりしている。懐かしくて新鮮な昭和時代の音楽に、グローバルな熱視線が注がれているのだ。
そんな状況も宮本版「木綿のハンカチーフ」の追い風となっているわけだが、もちろんそれだけではない。やはり重要なのは、それを歌っているのが宮本浩次その人であるということだ。アルバム『宮本、独歩。』に収録されていた「冬の花」と同様に、プロデューサー小林武史とタッグを組んだ「木綿のハンカチーフ」の特徴は、小林のセンスによるモダンで洗練されたアレンジと、熱量がありながらいい意味で「さらっと」しているボーカリゼーションにある。バンドでもソロでも、楽曲ごとに歌唱法を使い分ける、実は懐の深いシンガーである宮本だが、この曲では決して力むことなく、感情を必要以上に込めることもせず、まるで草原をゆくそよ風のような軽やかさで情景を歌い上げている。その歌唱がピアノとストリングスを中心に据えたシンプルなアレンジと相まって、このカバーをとりわけ新鮮で大胆なものに仕立てている。原曲のメロディと歌詞という根幹の部分の強さに、宮本も小林も全幅の信頼を置いているからこそ、こうした方針を取れたのではないかと思う。
そしてここが肝心だが、このアレンジと歌によって、歌詞の主人公の女性が感じている寂しさや切なさが増幅されているのだ。そういう意味では、いわゆる「レトロ」なムードやノスタルジーに寄り掛かるのではなく、あくまで「今」の視点で昭和歌謡を捉え直しているのだということもできる。いわば昭和歌謡曲のお手本とも言うべき楽曲をブラッシュアップし、令和版にした手腕はさすが宮本浩次だし、さすが小林武史だ。エレカシでカバーした荒井由実「翳りゆく部屋」もそうだったが、宮本はカバー曲を歌うとき、表現をぐっと自分の側に引き寄せるだけでなく、それによってオリジナルの楽曲の本質をも射抜いてしまうのである。