ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響

 さて、この時期にはもう1人欠かせないボカロPが存在する。『カゲロウプロジェクト』で有名なじん(自然の敵P)だ。じんは2011年2月17日投稿の「人造エネミー」でボカロPとしての活動を始める。この楽曲も2作目の「メカクシコード」も共にドラムンベースであった(余談だが、ボカロシーンにはiroha(sasaki)「炉心融解」、さつき が てんこもり「ネトゲ廃人シュプレヒコール」などドラムンベースのヒット曲が多々ある)が、同年9月30日投稿の3作目「カゲロウデイズ」でロックに方向転換、ブレイクを果たす。

じん / カゲロウデイズ【OFFICIAL MUSIC VIDEO】
じん『メカクシティデイズ(DVD付)』
じん『メカクシティデイズ』

 「カゲロウデイズ」を含むじんの主要なヒット曲はBPM200超えのロックが多いことから、じんのヒットも「wowaka、ハチ以降」の現象と言えるが、筆者の個人的な意見を述べるとすればkemuやトーマに比べ、じんの音楽性にはそれ以前のボカロヒット曲からの影響が見られない。実際、インタビューでは自身が投稿するまでボカロ曲を全く聴いていなかったという旨の発言をしている(ニコニコ動画に投稿する文化があるということすら知らなかったらしい/参照:『別冊カドカワ 総力特集 ニコニコ動画』p.22-23)。じんの音楽的なルーツは90~00年代の邦ロック、特にTHE BACK HORNであるが、ロック的な側面だけを切り取ると見落としてしまう点があることは主張したい。じんは邦ロックと同時に、山下達郎や神前暁の影響も公言しているのだ(参照:BARKS1st PLACE 公式サイト)。アルバムに封入されているバンドスコアを見ると、「カゲロウデイズ」はテンションコードやオンコードが頻出するし、「チルドレンレコード」はⅡm/ⅤやⅤm7などのシティポップライクなコードが目立つ。この2曲はまだジャンル的にはロックだが、「如月アテンション」や「想像フォレスト」はポップスに分類するのが最適だ。もちろんkemuやトーマにもポップス的な楽曲はあるが、じんに関しては各楽曲が物語によって紐づけられたことは大きい。ロック、ポップス、バラード、ドラムンベースといった複数のジャンルが1つの巨大なコンテンツとしてまとめて受け取られるのだ。後続へ与えた音楽的な影響を見ても、YASUHIRO(康寛)などを筆頭にポップソングを得意とするフォロワーが多い印象を受ける。また、じんの音楽は高BPMではあれど早口や複雑性といった要素は比較的少なく、kemuとトーマの節で用いた「過剰性」はあまり見受けられないというのが筆者の意見だ。

じん / 如月アテンション【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 当連載はボカロ曲の音楽面にフォーカスしたものではあるが、じんについて語る上ではどうしても『カゲロウプロジェクト』は欠かせない。物語の連続する楽曲群が小説化やテレビアニメ化にまで発展することとなる『カゲロウプロジェクト』。しかし、この連作というものはボカロ曲の歴史の中でそこまで珍しいものではない。『カゲロウプロジェクト』以前の代表的な例を挙げるならば、mothy(悪ノP)による『七つの大罪シリーズ』、sasakure.UKによる『終末シリーズ』、cosMo@暴走Pによる『消失ストーリー』、19's Sound Factoryによる『First Sound Story』辺りだろうか。この中で特筆すべきは『七つの大罪シリーズ』だろう。小説『カゲロウデイズ -in a daze-』が発売されたのが2012年5月30日のことだが、すでに2010年8月10日には『七つの大罪シリーズ』の内の1つである「悪ノ娘」の小説『悪ノ娘 黄のクロアテュール』が刊行されている。作曲者本人による執筆というところも共通する点だ。『ボカロ小説データベース』というありがたいサイトを参考にすると、2010年には『悪ノ娘』の1点、2011年には『悪ノ娘』の続編ともう1点の刊行に留まっているが、2012年になると計13点と増加。この時点ではまだレーベルは3つだが、2013年に入ると計36点が11のレーベルから刊行されることとなる。 2010年12月の時点で『悪ノ娘』が10万部を突破という報告がされているので、『悪ノ娘』の成功に倣って刊行されたのが『カゲロウデイズ』を含む2012年のタイトル、2012年9月の時点で『カゲロウデイズ』がシリーズ累計50万部を突破という報道がされているので、『カゲロウデイズ』の成功に倣って刊行されたのが2013年以降のタイトル、といった具合だろうか。

 何故こんなにも音楽とは関係ない話を長々としているかと言うと、この「ボカロ小説」の流行はボカロ曲の流行にも直接影響してきたからだ。2012年5月12日には150Pによる『終焉ノ栞プロジェクト』、同年7月3日にはてにをはによる『女学生探偵シリーズ』、12月1日にはLast Note.による『ミカグラ学園組曲』、12月26日にはぷす(じっぷす)による『ヘイセイプロジェクト』が始動し、それぞれ人気を博す。これらは『カゲロウプロジェクト』ヒット~小説化の流れに乗った連作で、「プロジェクト系」と総称されることもある。

ヘイセイカタクリズム/ぷす feat.IA

 音楽的にもwowaka~kemuマナーに乗っ取ったものが多く、この時期に入ると「ヒット曲の模倣」がボカロPやリスナーによって指摘されることも多くなる。その意味では上で挙げた例とは少し異なるが、れるりりによる『地獄型人間動物園』も欠かせない。これは計11組のボカロPが「現代の女の子達が抱える"ココロの闇"」をテーマに書いた楽曲が収録されたアルバムだ。その中の収録曲、れるりり「脳漿炸裂ガール」は、模倣とまでは行かずとも「ヒットの法則を踏襲したヒット曲」の代表例と言っていいだろう。事実、「脳漿炸裂ガール」はヒット曲を研究して作られた楽曲であるということが何度かれるりりによって語られている(参照:マイナビニュース)。

脳漿炸裂ガール - れるりりfeat.初音ミク&GUMI / Brain Fluid Explosion Girl - rerulili feat.miku&gumi

 この一方で、「ヒットするから模倣」するのではなく、「憧れて影響を受けた」楽曲の中にもヒットした例が出始める(両者を完全に区別することは難しいが、ここでは各ボカロPの発言を重視する)。2013年3月10日投稿の日向電工「ブリキノダンス」はwowakaの1コードのヴァース、要所要所に16分音符が挟まれ最後の1.5拍で「16分音符+16分休符+4分音符」というリズムを用いる1,2小節で完結するリフ、16分音符の早口歌唱を見事に踏襲している。これはあくまでも音楽的な要素のみの検討であり、他にもモノクロのイラストや、しりとりになった曲名などからもwowakaからの影響を読み解くことができる。

 この楽曲はSymaG(島爺)という歌い手による歌ってみたがニコニコ動画、YouTube共に1000万再生超えという驚異的な再生数を記録している他、数々の音楽ゲームにも収録されている大人気曲だ。「脳漿炸裂ガール」や「ブリキノダンス」は、前々回書いた「彼ら(wowakaやハチ)に影響を受けたフォロワーが多数現れ、そのフォロワー自体も有名になりボカロシーン外に認知されることによって初めて「ボカロっぽい」と言われるようになる」ことを体現した楽曲と言えるだろう。

 また、恐らく日本一有名なボカロ曲であるWhiteFlame(黒うさP)「千本桜」、初音ミクの名を世に知らしめたGoogle ChromeのCMソングであるlivetune「Tell Your World」が発表されたのもこの時期である。

「MV」 千本桜 WhiteFlame feat 初音ミク

 初音ミクの開発者である佐々木渉は『初音ミク10周年――ボーカロイド音楽の深化と拡張』で「千本桜」の流行について「ミクの原曲があって、それをカラオケで歌ってる人たちがいて、今度はそれを聴いた人たちが「何その曲?いいね」「レパートリーに入れたいから原曲教えて!」という感じで伝搬していったようなんです。(中略)そういう現実の話を聞いて「なぜこの曲が広がったのか」と考えると、「その曲自体にみんなが何か引っかかったから」としか言いようがなくて。案外ミクも抜け落ちていて、シンプルに「口コミで広がった曲」のような形になっているのがおもしろいなと」と言及している。このように、『カゲロウプロジェクト』「千本桜」「Tell Your World」と、小説やカラオケやテレビCMなどを通じてお茶の間レベルで浸透したボカロ曲が発表されたのが2011~2012年なのである。

 2013年中頃に入るとボカロシーンではプロジェクト系の流行が落ち着き、ヒット曲の数が減少。「ボカロは衰退した」という趣旨の動画がヒットしたり「焼け野原」と比喩されるなど、散々な言われようの時期に突入することとなる(一応断っておくが、これはあくまでもヒット曲の話であってシーン全体の話ではない)。しかしそれでも、いや、だからこそ新たな音楽的流行は生まれ、ヨルシカやYOASOBIやずっと真夜中でいいのに。などの現在の邦楽に直接繋がる流れもここから始まるのである。次回はそんな「焼け野原」期の流行を追っていこうと思う。

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚 に続く)

■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。noteTwitter

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察

・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚

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