kZm『DISTORTION』レビュー:野田洋次郎、小袋成彬、Tohjiら異才集結 柔軟なプレイヤビリティと優れた選球眼
今作に関するインタビューによると、客演陣を迎えた楽曲の制作フローは次の通りだったという。まずは、自身の歌うバースやフックをすべて録音した上で、客演ラッパーを選び始める例。LEXの参加曲「27Club feat.LEX」などがこれに当てはまる。次に、前述した「追憶」や小袋との「Anybody..feat.小袋成彬」のように、客演アーティストと共作し、彼らがフックまで歌った例だ(参考:block.fm)。
いずれの場合にも共通するのが、客演陣がまるで自身の制作した持ち歌であるかのように楽曲を歌い上げていること。つまり、全楽曲とも彼らの歌唱スタイルに上手くマッチしているのである。これはそもそも、国内屈指の名プロデューサーで、あらゆるアレンジのビートを生み出せてしまうChaki Zuluの存在が大きいのだろう。彼のトラックメイクにおけるレンジの広さには、kZm以外のプロデュース作品でもしばしば圧倒されるばかりだ。
それと同時に、本人がどこまで意識を張っているかは計り知れないにせよ、どのラッパーにどのようなトラックをぶつければ、その人物の持ち味を最大限に活かせるかを考えた、kZm自身が持つ高い“選球眼”的な能力にも驚かされる。本稿の冒頭で今作を高く評価したのは、kZmとChaki Zuluのプロデュース能力が、国内ヒップホップシーンを次のサウンド次元へと導く可能性があると踏んだからだ。
そんな『DISTORTION』には、先程の制作方法を採用していない楽曲が存在する。Tohji(Mall Boyz)を迎えた「TEENAGE VIBE feat.Tohji」だ。kZmは以前のライブにて、彼について「いま一番かっこいいと思っている後輩」と語っており、今回の楽曲制作も特に気合を入れて取り組んだようだ。
その内容は、アルバムのラストに相応しく、Bloc Party「Helicopter」に一部アレンジを加えてサンプリングしたロックチューンに。ガッチリと歌モノに仕上げたkZmと、いい意味でマンブルラップ全開なTohjiのマイクリレーも、ヘッズが抱いていた期待以上だったに違いない。本来ならば「TEENAGE VIBE」制作背景などについて語りたいものの、そこには多少なりとも憶測が混じるほか、勇敢で刹那性あるリリックについても、Tohji自身が解釈を述べているため、ここでは割愛したい(参照:Tohji 公式Twitter)。
特筆すべきは、今作でkZmとTohjiが共演した意義だ。彼らのヘッズにも通ずることだが、漠然とした不安を抱える今の若者たちへのアンサーを提示するかのように、神秘的とも思える全能感を武器に自らを“天才”と称してラップを届けるTohji。そんな彼が、リスナーの胸にストレートに突き刺さるようなテーマの楽曲を歌うことで、誰もが日常で忘れかけてしまう青年的な初期衝動を呼び起こしてくれるのではないだろうか(このアイデアは恥ずかしながら、YouTubeでの同曲MVのコメント欄にヒントを得たものだ)。kZm自身もおそらく、Tohjiという新たな才能に心を突き動かされたうちの一人なのだろう。
プレイヤーとしてはもちろん、プロデューサー的な観点でもkZmの高い表現力を感じられた『DISTORTION』。Chaki Zuluとの向かうところ敵無しなタッグで、次作以降ではどのようなサウンドに挑戦するのだろうか。そんな未来を心待ちにしながら、まずはkZmやTohjiが呼び覚ましてくれた“TEENAGE VIBE”を持ち続けて、この毎日を力強く生きていきたい。
※「BUSSIN」リリックは筆者による書き起こし
◼︎一条皓太
出版社に勤務する週末フリーライター。ポテンシャルと経歴だけは東京でも選ばれしシティボーイ。声優さんの楽曲とヒップホップが好きです。Twitter:@kota_ichijo