OAUの6人が生み出すとめどない高揚 『A Better Life』ツアーから感じたバンドの包容力と奥行き

OAUの6人が生み出すとめどない高揚 『A Better Life』ツアーから感じたバンドの包容力と奥行き

 中盤、「夢の跡」の演奏前、TOSHI-LOWは訥々と語り始めた。いわく、自分が好きなことなのに、当時は何かが響かない、何を書いても違うような気がしていた。もう音楽を辞めようとも考えたし、どうせ辞めるなら最後にこれを残しておこうと思っていた。なるほど、今聴けばこの曲は、夢という言葉を〈束の間の、いずれ消えていくもの〉と捉え、ひとり喪失感と戯れている儚げなナンバーだ。もし本当にこれが置き土産だったなら……。考えるとゾッとする。

 本来2011年の4月に発表されるはずだったこの曲が、東日本大震災の影響で6月に発売延期となり、その間にBRAHMANが一気に復興支援に動き出したのは多くの人が知るところだろう。より直截的な日本語詞が増え、今までしなかったMCも始めるなど、TOSHI-LOWの変化は如実に表れた。ただ、どうしたってパンク/ハードコアがベースになっているバンドである。何気ない日常の景色、ふと口ずさむ鼻歌だとか毎日交わす挨拶の言葉が、BRAHMANで歌になることは少ない。であればこちらが素のTOSHI-LOWに最も近い表現になっているのではないか。少なくとも、普段インタビューで対話する彼と、この夜ステージで微笑んでいた彼には、何も乖離がないように感じられた。

 12月5日に行われたOAUの『Tour 2019 -A Better Life』ファイナル公演。東京国際フォーラムホールCはバンドにとって過去最大キャパだが、結果は余裕のソールドアウト。「初めて来た人は?」の問いかけに2割くらい手が挙がっていたから、OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND時代とは違う客層が入ってきたのは明らかだ。シンプルにOAUと改名し、映画『新聞記者』の主題歌、さらには話題のドラマ『きのう何食べた?』のオープニングテーマを手掛けたことは大きい。マスメディアやタイアップを拒絶せず、来てくれたファン全員を自然に受け入れるような包容力は、今の彼らの音楽と合致している。

 ステージの幕開けは「A Better Life」。より善い一日のために〈ほら顔を洗おう〉と歌うわかりやすさが胸をすく。開かれた明るいメロディ、柔らかではあっても静かなのとは違う、躍動するアコースティックの響きに心がふくふくと膨らんでいく。アコースティックは地味という印象を一蹴するのはKAKUEIのパーカッションで、激しいコンガは腹に直接届くし、ウィンドチャイムが鳴れば文字通り涼風が吹き抜けたように、スティールパンが響けば太陽がサッと差し込んだように感じられる。曲によっては新たに笛も担当するなど、彼のプレイは常に目と耳を惹くものだ。生音ゆえの美しさと細やかなニュアンスも、エレキの大音量では味わえないだろう。クラシックやミュージカル公演にもよく使われる国際フォーラムの音響は、このバンドの奥行きを今まで以上に伝えてくれた。

 新譜から2曲のあと、3曲目には「A Strait Gate」。ちょうど10年前に出た2ndアルバム『New Acoustic Tale』収録曲は、今聴けば“ルーツミュージック”とか“哀愁”といった形容詞に忠実で、歌のない部分はセッション性が強いことに気づく。それが悪いわけではまったくないが、どちらが外に向かっているか、子供からお年寄りまでの笑顔を引き出すのかでいえば、圧倒的に新曲である。一定の知識や背景を知らなくても、音楽一一読んで字のごとく音を楽しむ行為一一が成立するのだから、まさしくポップミュージックだ。コアファンの間で神格化されていたBRAHMANのTOSHI-LOWが、『鬼弁』のおもしろミュージシャンとして広く知られるようになった現在と、この流れはリンクしている。冒頭で書いたように、BRAHMAN以上に自然かつおおらかに。

 ではOAUはTOSHI-LOW/BRAHMANのアザーサイドなのかといえば、はっきりと否、なのだ。KAKUEIの音が耳を惹くと先に書いたが、さらに大きいのがMARTINの存在感。曲によってギターやバイオリンを持ち替えてはいるが、あくまでメインボーカルのひとり、もっといえばフロントマンは自分だという自覚がはっきりと生まれたのではないか。彼の雄々しいメロディが楽曲全体をぐいぐい引っ張っていく「Americana」。バイオリンの弓も左手に持ち、右手を高々と上げて歌を届ける姿の、なんと頼もしかったことか。

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 また、ハイライトのひとつは中盤の「夢の跡」の後、インストを挟んで始まった「Where have you gone」だ。原曲は亡くなった姉のために書いたとMARTIN自身が取材時に話してくれたが、そういう背景を知らなくても、また英語が一切わからなくても、想いなら確実に伝わったはずだ。この壮大な曲に込められた哀しみの深さと、それだけではない祈りの強さ。最後は背筋を大胆に反らして声を振り絞ったMARTIN。心臓をぐわっと掴まれるような渾身のエモーションを、彼から受け取ったのは初めてのことだった。

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