村尾泰郎の新譜キュレーション

Nick Cave & The Bad Seeds、Bonnie Prince Billy……孤高の歌声を聴かせるシンガーたちの新作5選

Florist『Emily Alone』

Florist『Emily Alone』

 Floristは、シンガーソングライターのエミリー・A・スプレイグを中心にしたニューヨークのバンド。前作『If Blue Could Be Happiness』(2017年)をリリースした直後、エミリーに音楽の素晴らしさを教えてくれた母親が死去。彼女は悲しみを癒すためにニューヨークからロサンゼルスに引っ越し、以前から興味があったシンセサイザーを使ってアンビエントミュージックを作り、ソロ名義で2枚のアルバムを自主制作した。その後、近年実験的な作品をリリースして注目を集めているレーベル、<RVNG>がその2枚をリイシューしたことで、エミリーはアンビエントの世界で評価を得ることになる。そんな新境地を切り開いた後に、エミリーがFloristとして制作したのが『Emily Alone』だ。タイトルどおり、本作にはバンドメンバーは参加せずにエミリーひとりで作り上げられた。「フォークソングとアンビエントミュージックの境界を曖昧にすることに興味がある」とエミリーはコメントしているが、本作ではアコースティックギターの弾き語りを中心にしながら、そこにシンセやピアノ、フィールドレコーディングした鳥の鳴き声などを加えてアンビエントな音響空間を生み出している。そして、呟くような彼女の歌声もそのなかに溶け込んで、残り香のように声に滲む想いが余韻を残す。孤独や悲しみにひとりで向き合いながら、その痛みを静かに癒すような歌だ。

Florist - Shadow Bloom (Official Music Video)

Arthur Russell『Iowa Dream』

Arthur Russell『Iowa Dream』

 80年代にNYアンダーグラウンドシーンで活動。ルーツミュージック、ディスコ、現代音楽など、様々な音楽を融合させたユニークなサウンドを探求しながら、92年にこの世を去ったアーサー・ラッセル。近年、再評価が高まるなかで、彼のデモや未発表曲をまとめたのが『Iowa Dream』だ。リリースはこれまでもアーサーの未発表音源をリリースしてきた<オーディカ・レーベル>だけに、選曲の確かさは折り紙つき。しみじみと歌い上げるフォーキーな曲もあれば、ダンスミュージックのグルーヴを持ち込もうとした曲もあり、どの曲もアーサーらしい実験精神と独自の解釈が新鮮だ。本作はボーカル曲が中心になっているので、アーサーのソングライターとしてのユニークさや、不思議な浮遊感を感じさせる歌声の魅力をたっぷり味わえる。さらに本作では、ピーター・ブロデリックやリース・チャタムなどアーサーに通じるアバンギャルドな音楽性を持ったミュージシャンたちが、アーサーの未完成曲を完成させているのも聴きどころ。発掘シリーズ中、屈指の内容の本作には、孤高の天才、アーサーの閃きが詰まっている。

RealSound_ReleaceCuration@YasuoMurao

■村尾泰郎
ロック/映画ライター。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などで音楽や映画について執筆中。『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』『はじまりのうた』『アメリカン・ハッスル』など映画パンフレットにも寄稿。監修を手掛けた書籍に『USオルタナティヴ・ロック 1978-1999』(シンコーミュージック)などがある。

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