村尾泰郎の新譜キュレーション
Nick Cave & The Bad Seeds、Bonnie Prince Billy……孤高の歌声を聴かせるシンガーたちの新作5選
孤独や悲しみなど、誰もが胸の中に持っている痛みを見つめるような歌がある。今回はしみじみと胸に沁みる、孤高の歌声を聴かせるシンガーたちの新作を紹介。
Nick Cave & The Bad Seeds『Ghosteen』
前作『Skelton Tree』(2016年)制作中に息子を亡くし、昨年は長い付き合いのバンドメンバー、コンウェイ・サヴェージが亡くなるという不幸に見舞われてきたニック・ケイヴ。そんな悲しみのなかで制作された新作『Ghosteen』は、『Push The Sky Away』(2013年)~『Skeleton Tree』と続いてきた三部作の完結編だ。2枚組になっていて、ニックいわくディスク2はディスク1の「母親」だとか。ディスク2には3曲収録されているが、その3曲から派生したのがディスク1ということなのかもしれない。どちらのディスクもシンセサイザーの音色が印象的に使われていて、そこにストリングスやコーラスが溶け込んで静謐としたサウンドスケープを生み出している。バンドサウンドは影を潜め、トラックだけ聴くとニューエイジミュージックのようにも聞こえるが、そこで異彩を放っているのがニック・ケイヴの淡々としながらも深い陰影を感じさせる歌声。その歌声は感情をすべて吐き出した後のような虚脱感を漂わせていて、悲しみや怒りを越えた果てにある世界を見つめているようだ。厳かだけど重苦しさはなく、祈りを捧げているような歌を聴きながら幻想的なジャケットを見ると、このアルバムはニックが音楽で作り上げた天国なのかもしれない、と思えてくる。
Bonnie Prince Billy『I Made a Place』
今年9月にはThe Nationalのブライアン・デスナーとのコラボレートアルバム『When We Are Inhuman』を発表した、ボニー・プリンス・ビリーことウィル・オールダム。最近ではコラボレートやカバーアルバムが続いていたが、ソロ名義のオリジナルアルバムとしては8年ぶりの新作が届けられた。ゲストにはルーツミュージック系ギタリスト、ネイサン・サルスバーグをはじめ、ネイサンとウィルがアルバムに一緒に参加したことがある女性シンガーソングライターのジョアン・シェリー、70年代にGary Burton Quartetに在籍したベテランのジャズドラマー、マイク・ハイマンなどが参加。シンガーソングライターのジョン・プラインとカントリー歌手のトニー・T・ホールからインスパイアされたという本作は、いつもより明確にアメリカンルーツミュージック色が打ち出されていて、プロダクションやアレンジは整理されて聴きやすく、クラリネットやサックスなどホーンが洒落たアクセントになっている。そして、ウィルの歌声は落ち着いた深みを感じさせて、以前の暗闇をさまようような不安は感じさせない。最近、父親になったことも影響しているのかもしれないが、シンガーとしての成熟を感じさせるアルバムだ。
Mount Eerie with Julie Doiron『Lost Wisdom pt. 1 & 2』
子どもが生まれてから、わずか1年半で妻を失ったマウント・イアリことフィル・エルヴラム。妻の死をテーマにした連作アルバム『A Crow Looked At Me』(2017年)、『Now Only』(2018年)は、抑えきれない激しい感情で歌を削りだしたような壮絶なアルバムだった。アルバム発表後、いったん音楽活動を停止していたのは、精神的に限界に達していたからかもしれない。しかし、フィルは帰ってきた。カナダのシンガーソングライター、ジュリー・ドイロンが参加した『Lost Wisdom pt.2』は、彼女との共演作『Lost Wisdom』(2008年)の続編であり、『Now Only』以降の生活の変化を綴った作品だ。ギターの弾き語りを軸にして、全曲ジュリーとデュエット。サビで盛り上げるような曲はなく、メロディはフィルの意識の流れを切り取るように自由に紡がれて、ふっと途切れる。曲によってはギターノイズや力強いドラムが挿入されて、そのダイナミックな音作りはフィルの別ユニットThe Microphonesを思わせるところも。フィルの歌声に寄り添うジュリーの歌声は、今はもういない妻、あるいはフィルの別人格のようでもあり、2人の声は2匹の蝶が絡まって飛ぶようにメロディーのうえを舞う。日本盤は『Lost Wisdom pt. 1』との2枚組仕様で対訳付きとなっているので、できることなら歌詞を読みながら、じっくりと歌に向き合いたい。