AA=が問いかける「自由とは何か」 社会への危機感を伝える上田剛士の“本気”を見たTSUTAYA O-EAST公演

AA=が問いかける「自由とは何か」 社会への危機感を伝える上田剛士の“本気”を見たTSUTAYA O-EAST公演

 AA=、8月にリリースされた最新アルバム『#6』ツアーの最終日(11月17日)である。会場は昨年の10周年記念ライブもおこなわれ、もはやホームグラウンドになった感がある東京・渋谷TSUTAYA O-EASTだ。

 会場の照明が一瞬明るくなり、歓声が沸くと、屈強な体格の男たちがガードのためずらりとステージ前に陣取り、それから会場が暗転していつも通り歪んだベートーベンの第9(「交響曲第9番」)がオープニングで流れると、いきなり場内は沸騰する。見慣れた光景だが、まずは草間敬(Manipulator)が出てきて荘厳なシンセサイザーのイントロを奏で、続いて登場した上田剛士(Ba/Vo/Prog)がサンプラーを前に強烈なブレイクビーツを叩き出すというオープニングナンバー「THE FLOWER」が新鮮。「かっこいい!」と誰かが叫ぶ。やがて金子ノブアキの強靱なドラムと児島実のノイジーなギター、白川貴善のボーカルが加わり、ラウドなバンド演奏に移行していくが、レコードでは上田がひとり密室で作り上げたサウンドが、AA=のメンバーに共有されロックバンドの音に変移/進化して、それがオーディエンスに向かって鮮やかに開かれていく過程を見せられているようでとてもスリリングだった。まだ始まって間もないのに、もうライブにすっかり引き込まれているのがわかる。いつも感じることだが、上田剛士はロックの「かっこいい見せ方、聞かせ方」のツボを心得ている。AA=はそれを完璧に実現するバンドだ。彼らは絶対に外さない。期待を裏切らない。この日ももちろん例外ではなかった。AA=さえあればロックは十分。そんな気になってくる。だがこの日はそんな「いつものAA=」だけではなかったのである。

 バンドはそのまま『#6』の曲を5曲立て続けに演奏。CDで何度も聴いているが、ライブでは初めて聴く曲が大半。だが完全にバンドのものとなっている。その後ステージが暗くなり、SEが流れてステージ両脇に据えられたスクリーンから映像が流れ始める。そこに「あなたは今自由ですか」という文字がコンピューターボイスと共に流れると、すでに沸点に達していた観客からは戸惑ったような声があがる。続いて「楽しんでますか」という問いかけには大歓声があがる。そしてバンドは1stアルバム収録の「FREEDOM」を演奏したのだが、ぼくは少し複雑な気分になった。ここにいる満員の観客はAA=の渾身の演奏を、この空間を十分楽しんではいる。だが自分が自由であるとは思っていない。自由でありたいとは誰もが願うことだろう。だがその確信が持てないでいるのだ。

 ぼくがAA=の問いかけを見て真っ先に思ったのが、岡林信康の「それで自由になったのかい」という曲である。今からちょうど50年前の1969年に発表されたプロテストフォークの名曲だ。その曲はこう歌われる。〈いくらブタ箱の臭いメシがうまくなったところで/それで自由になったのかい/俺達が欲しいのはブタ箱の中の自由 ブタ箱の中でのより良い生活なんかじゃない/新しい世界さ〉。上田剛士がこの曲を知っていたかどうかはわからないが、〈支配から解き放たれ、自由という新しいレベルへ〉と歌われる「FREEDOM」と、意図するメッセージはそう遠くはないと感じる。そしてわざわざ映像まで用意して観客に投げかけた「あなたは今自由ですか」という問いかけには、あなたの生きているこの社会は依然として岡林信康の言う「ブタ箱」そのものであり、その中で感じている「自由」なんて、しょせん「ブタ箱の中の自由」に過ぎないんじゃないか、という厳しい指摘が込められていると思った。そして観客も肌感覚でそれを感じているからこそ、口ごもってしまったのではないか(参照:岡林信康「それで自由になったのかい」Spotify)。

 そして「GREED…」のあと再びSEが流れ、問いかけの映像が流される。「彼らは聞く耳を持たず、僕らは適切な言葉を持たない。どうやったら変えられる?」(大意)という問いかけだ。権力者による不正が横行し、不正を正すための力は沈黙し、その場しのぎの娯楽と見せかけの自由しか与えられていない今のブタ箱のような社会のどうしようもない閉塞感への、上田の苛立ちをぼくは感じた。そしてその直後に演奏された「POSER」では、元歌詞の〈the Prime Minister〉が現首相の名前に置き換えて歌われたのである。

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