乃木坂46 井上小百合が卒業発表 選抜・アンダー・舞台演劇でグループの基盤を築いた功績
乃木坂46の井上小百合が、来年春を目処にグループから卒業することを発表した。出演している東宝製作のミュージカル『Little Women -若草物語-』の大千秋楽前日(10月5日)に卒業が発表され、そしてグループを離れるタイミングも同じく東宝ミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』出演時期を目安にしていることに象徴されるように、井上は舞台演劇方面を開拓するトップランナーの一人としてグループを牽引してきた。同時に彼女は、そうした外部出演に際して自らが乃木坂46というグループの看板を背負っていること、また外部出演での成果を乃木坂46にフィードバックしてゆくことの重要さを自覚的に口にしてきたメンバーでもある。
乃木坂46における井上はキャリアの大半を選抜メンバーとして過ごし、グループを代表する楽曲群の世界観を構築する一人としてあった。しかしまた、その歩み全体からすれば決して長かったわけではないアンダーメンバーとしての日々のなかでも、グループのコンテンツの意義を大きく変革する役割を果たしている。それがアンダーライブでの活躍だった。
現在ではそのパフォーマンス力が高く評価され、大会場で開催されることも珍しくなくなった乃木坂46のアンダーライブだが、初めて開催された2014年春にはまだ、この企画が継続的なものになるかどうかさえ定かではなかった。その初期アンダーライブのセンターやフロントとして、伊藤万理華や齋藤飛鳥、中元日芽香らとともに中核を担ったのが井上であった。当初は選抜メンバーが固定されがちな乃木坂46のなかで、アンダーメンバーに活路を見出す試みの一環としての意味合いも強かったアンダーライブは、彼女たちの躍動によって予想以上の反響を呼ぶ。
2010年代のグループアイドルとしては、ライブの経験値に乏しかった当時の乃木坂46にあって、井上たちのパフォーマンスはフレッシュな驚きをもたらし、またライブグループとしての乃木坂46の力を底上げする契機にもなった。その活躍を物語るのが、2015年正月の『COUNT DOWN TV スペシャル!年越しプレミアライブ2014→2015』(TBS系)である。乃木坂46にとって2015年初めてのテレビ出演となる同番組で、年齢制限により深夜帯の出演がかなわなかった生田絵梨花にかわって「何度目の青空か?」のセンターを務めたのは、当時アンダーメンバーだった井上その人である。音楽特番でシングル表題曲を披露するにあたって、他の選抜フロントメンバーが代替するのではなく、直近のアンダーライブでセンターを務めていた井上が起用される。これは間違いなくアンダーライブのインパクトがあってこその人選だった。
井上にとってアンダーメンバーとしての時間が最も多かった2014年春から2015年春の一年は、乃木坂46のアンダーライブが発明されて支持を拡大し、恒例の企画として定着するまでの期間でもあった。メンバー一人ひとりが個性を強めパフォーマンス力をみせつけてゆく場になったアンダーライブだが、その最初期を物語る重要人物の一人として井上の名は外せない。
同じく2015年の秋、乃木坂46の舞台演劇志向にとって一大転機となる舞台公演『すべての犬は天国へ行く』が催される。絶望的な救いのなさと笑いとが絶妙に融合するケラリーノ・サンドロヴィッチの傑作戯曲の上演は、グループにとっても決して容易ではない挑戦だった。そして同公演で、この戯曲独特のテイストをとりわけ適切に、巧みに体現していたのが他ならぬ井上だった。グループ内の立場としてはこの時期に前後して再び選抜常連メンバーとしての活動になってゆくが、彼女個人のキャリアとしてもその適性が存分に発揮されてゆくのはこの頃あたりからかもしれない。
舞台出演に関して、井上が引き受けてきたものはとても幅広い。前述の『LITTLE WOMEN』などは乃木坂46が本格ミュージカルのキャストを輩出する組織としての信頼を獲得するために、グループの看板を背負って挑むものであった。また、井上が山下美月とともにセーラームーン/月野うさぎ役として中心に立った2018年の乃木坂46版ミュージカル『美少女戦士セーラームーン』は、根強い人気をもつ舞台シリーズを乃木坂46が継承する企画であるだけに、他ジャンルのファンにグループがいかに訴求できるかという、別の難しさをともなう公演だった。あるいはレキシの楽曲群を軸に河原雅彦が構成した『愛のレキシアター「ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ」』(2019年)への出演では、変則的な戯曲の世界観にナチュラルにフィットしていく適応力をみせる。乃木坂46がフレキシブルに俳優を送り出すグループとしての足場を確立するうえで、井上の活躍は重要なものだった。そうした充実した活動の先にあるグループからの卒業は、ネクストステップの歩み方としてひとつの理想形といえる。