『あたらしいからだ』インタビュー
笹川真生、『あたらしいからだ』で“覚醒” レフトフィールドポップの新星に初インタビュー
(歌詞は)思い出とか風景の色に近い言葉で組み立てることが多い
ーー宅録ですべて一人で作っているそうですが、制作の環境を教えてください。
笹川:DAWは高校生のときに叔父に買い与えてもらったStudio Oneをずっと使ってます。楽器はギター数本とベースがあって、アナログシンセも持ってるんですけど、曲では使ってないです。あと、kemperっていうアンプみたいなやつ(プロファイリングアンプ)を使ってます。
ーー曲はどこから作りますか?
笹川:ドラムからが一番多いです。ドラムをつけて、何となくこれくらいのキーがいいかなって考えて、リズムに合わせてメロを考えて、コードをつけてみたり。
ーーアコギのストロークが入ったフォーキーなタイプの曲もあるけど、弾き語りで作ったりはしない?
笹川:あんまりないですね。歌心がないので、弾き語りで作ってもしょうがないというか。
ーーでも、今回の作品はウィスパーボイスを多用した真生くんの歌自体が明確な個性になってますよね。それこそ、ウィスパーはTKさん(凛として時雨)の影響?
笹川:TKさんはもちろん好きなんですけど……シューゲイザーがすごく好きで、みんな何かボソボソ言ってるじゃないですか。あれって別にサウンドがシューゲイザーじゃなくてもよくない? って思って。それに、かっこよく歌うのは向いてなくて……下手なだけなんですけど、張り上げて歌ったときの声は特に好きじゃないので、徹頭徹尾ボソボソ歌おうと思って……。
ーーでも、曲によってはエモーショナルな瞬間もありますよね。
笹川:騒いでいる曲もありますね。そこはやっぱりTKさんなんですかね……あとは、元plentyの江沼(郁弥)さんとか。男の人の高い声が好きで、ずっと自分では出せなかったんですけど、最近出るようになって……嬉しいです。
ーー一本じゃなくて、コーラスを重ねてるのも大きいですよね。マスタリングまで自分でやっているということで、サウンドの作り込みもかなりこだわってるんじゃないかと思います。ミックスはすごく立体的で、パンの振り方とかも面白いし。
笹川:そう言われると、こだわりがあるかもしれないです。コーラスの重ね方とか、パンの振り方とか……それこそRadioheadとかって、すごく変な処理をしてるじゃないですか。「何でそこからそれが聴こえてくるの?」ってドラムがあちこちにいたりとか、ああいうのはすごく好きです。
ーートム・ヨークも鬱々とした音楽家の代名詞ですしね。さっきローファイヒップホップの話もありましたけど、近年のヒップホップやR&Bのアーティストはガレージバンドで面白いプロダクションの曲を作ってるじゃないですか。真生くんの楽曲にはそういう人たちの感覚と、ここまで挙げてくれた洋邦のバンドたちからの影響が混ざっているのが面白いなと思いました。
笹川:そういうのも好きなので、自然に影響もされてると思うし、たまに意図的に思いっ切り持ってきてたりもします。でも、音に関してはまだ技術も足りないし、やりたくてもわからないことが多いんですよね。もちろん、音の面での個性も欲しいけど、そこに時間を割く前に、まずはいい曲を作る、今回はそっちの方が大きかったです。なので、音に関してはまだまだやれるなって正直思っています。
ーー「いい曲を作る」という意味では、途中で挙げてくれた「ねぇママ」はスタンダード感のある名曲だなと。
笹川:あれができてなかったら、たぶんアルバムを作ってないと思います。それくらい、自分の中で大事な曲になっていますね。
ーー何か作るきっかけやモチーフはありましたか?
笹川:特になくて、ただいい曲を作ろうと思いながら制作していました。変なことしなくても、いい曲ってみんな好きだよねって。モチーフというわけじゃないですけど、頭の中で考えてたのは、スピッツとOasisです。
ーーまさにみんなが思う「いい曲」ですね。その感じは、ラストの「あたらしいからだ」からも感じました。
笹川:「あたらしいからだ」は合唱曲みたいな曲にしたくて作りました。コーラスをめちゃくちゃいっぱい重ねていて、24人の僕がいるんですけど、走馬灯というか、死ぬときに見える景色みたいな曲を作りたかったんですよね。
ーー歌詞に関しては、鬱々とした部分がありつつ、「宇宙」や「海」や「神様」といったワードが何度か出てきて、作品としてのまとまりも感じられました。
笹川:谷川俊太郎さんが大好きで、自分も響く言葉を使いたいとは思ってます。歌詞の一つをとっても平仮名にするとかしないとか、そういうのはすごく考えますね。あと、僕が最も「エモ」たるものだと思っているのが、“諦観”なんです。いい意味でも悪い意味でもなく、「あきらめる」ってエモいなって。『we are friends』までの歌詞って、ただ暗かったんですけど、一歩引いた感じにはしたかったんですよね。
ーー鬱ロックと呼ばれた人たちもそうだったというか、別に暗いことを書こうと思って書いてたわけじゃなくて、ポジティブな曲が多くある中で、普通のこととしてネガティブな曲を書いていたわけで。その精神性は真生くんにも影響を与えているんだろうなって。
笹川:今の自分が思ってることというよりも、ちょっと前の自分を見てるような感覚があるかもしれないですね……少しは大人になったのかもしれない。ただ、「あたらしいからだ」とか、考えて歌詞を作ってはいるんですけど、自分でもよくわからないんです。概念をそのまま出しているというか、そこまで主張したくないし、かといってパーソナル過ぎないようにもしています。説明するための言葉じゃなくて、たとえば、「あのときの深夜のサービスエリアの空気よかったなあ」みたいな、自分の思い出とか風景の色に近い言葉で組み立てることが多いんですよね。だから、他の人が(歌詞を)読んでも「何?」って思われるかもしれません。
ーーでも、きっとそういう言葉に後々で意味が紐づいてくると思うんですよね。「あたらしいからだ」というタイトルも、自分の作家性を手にした現在の真生くんとフィットしたタイトルになっていると思うし。
笹川:「あたらしいからだ」はギリギリまで「祝祭」っていうタイトルにしようと思ってたんですけど、曲のイメージを押し付けてしまうような気がしてしまって。そういうのは避けたいんですよね。その代わり、どうしても押しつけたいときは思ったままタイトルもつけるんですけど。
ーー音楽活動の中で、「ライブ」はどのように位置づけていますか?
笹川:自分の好きな人が生演奏してたら嬉しいじゃないですか。「僕もそう思うよ」と思いながらやっています。
ーー裏を返せば、曲を作る方が好きで、ライブは苦手意識がある?
笹川:いや、ライブ自体はすごく楽しいので大好きです。だけど曲ありきっていう考えではありますね。あと、対バンのイベントで、そこに居合わせた人が「この人いいな」ってなるよりも、僕のことを好きでいてくれた人たちが、もっと好きになってくれる場所を作る、みたいな意識です。ライブでは同期を使うんですけど、音源より音数は少なくて、「官能と飽食」とかもギター、ベース、ドラムだけでやるので、そういうのも自分がお客さんだったら違うアレンジが見えて嬉しいかなと思ったりもします。
ーー音源はかっちり作り込んで、ライブはまた別ものとして表現するタイプのアーティストが増えてるけど、真生くん的にはバンドっぽさを大事にしていると。
笹川:そうですね。僕の音楽の趣味がそういう感じなので。
ーー手応えのある作品を1枚作り終えて、今後に関してはどのように考えていますか?
笹川:自分で言うのはアレですけど、自分の持ち味とか良さを何となく掴めたかなと思うので、それだけを大事にして、「次は何をやろうかな?」と考えているところです。次はサウンドも妥協なくできたらなと思うし、自分以外の人の手も借りてみたいと思っています。
(取材・文=金子厚武/写真=はぎひさこ)
■リリース情報
『あたらしいからだ』
価格:¥2,200(税抜)
発売:9月18日(水)
収録曲:
01.あのひとが来て
02.キャロル
03.おいで
04.官能と飽食
05.さめない
06.きこえる
07.ランデヴー
08.メチルオレンジ
09.なんもない
10.やわらかな
11.ねぇママ
12.あたらしいからだ