「リズムから考えるJ-POP史」連載第7回
リズムから考えるJ-POP史 第7回:KOHHが雛形を生み出した、“トラップ以降”の譜割り
KOHHの独特なリズム把握
とはいえ実際にKOHHのラップを注意深く聴いていくと、微細なリズムのニュアンスの変化が巧みに用いられていることがわかる。
2ndアルバム『MONOCHROME』(2014年)収録の「貧乏なんて気にしない」は、日本語の等拍性をベタに活かした平板な譜割りでたたみかけるようにラップしていて、発声の力みで同じリズムの反復にさざなみを立て、言葉を浮き上がらせるさまは、まさに「模様のようなリリック」というにふさわしい。
一方、彼の初期の代表曲のひとつである「JUNJI TAKADA」(2013年の『YELLOW T△PE 2』収録)では、ややシャッフルした跳ねるリズムをフックに用い、ヴァースではスクウェアなリズムでスピード感を演出する、という構成が見られる。あえて図式的に示せば、フックは2拍目を休符にした三連のノリに近く(譜例3)、ヴァースは打ち込みのグリッドに沿うような8分音符に近い(譜例4)。特に〈先生にShut the fuck up 休み時間は彼女とセックスばっかしてた〉の部分ではスクウェアな16分の譜割りが現れる。どこまで意図的なものかは定かではないが、フックとヴァースでラップがつくりだすリズムに差異があることはたしかだ。
たとえば、シカゴ発のダンスミュージックとして2010年代に注目を集めたジュークやフットワークはこうした三連符系のノリとスクウェアなグリッド上のノリを往還し、重ね合わせることで、他に類を見ないニュアンスに富んだポリリズミックなビートをダンスフロアにもたらした。
仮にKOHHの譜割りがつくるリズムのニュアンスへの感覚をジューク/フットワークになぞらえるならば、トラップのビートが潜在的に備えている多層的なグルーヴの構造を敏感に察知し、巧みにラップへ反映されていると言える。
KOHHの独特なリズム把握は音符単位の差異だけではなく、よりマクロな構造においても発揮されている。その例は2016年の『DIRT II』収録の「Business and Art」に見られる。冒頭の印象的なフックが明けた直後のヴァースでは、8小節をオーソドックスな2小節や4小節といった偶数単位ではなく、3小節+3小節+2小節というイレギュラーなグルーピングで解釈してラップをのせている(図版2)。また、後半(3分02秒頃~)では、4小節を小節線をまたいだ3拍や4拍のグルーピングで解体していくようなアプローチを聴くことができる(図版3)。
同様の独特なリズム把握は、宇多田ヒカルが復帰作『Fantôme』(2016年)でKOHHをフィーチャーした「忘却 featuring KOHH」の彼のヴァースでも確認でき、この時期に集中的に取り組んでいたものと考えられる。
このように、ヒップホップの定型的な反復を複数のレベルではぐらかし、緊張感のある複層的なグルーヴを生み出す点で、KOHHのラップはいわゆる“トラップ以降”の枠内には収まらない。単に「ビートにのせる」のではなく、ビートが提示するリズムに対してカウンターとなるリズムをつむぎ、新しいグルーヴを生み出しているのだ。
リズムの最前線としてのヒップホップ
「ビートの提示するリズム」と「ラップのフロウが生み出すカウンターリズム」によってグルーヴを複雑化する傾向が特段新しいものと断じることは必ずしもできない。とはいえ、ゼロ年代の半ばから、BES(SCARS)やSIMI LAB、PSG、KID FRESINOいった面々が続々とリズム解釈の柔軟さを生かしたポリリズミックでプログレッシヴなラップを紡いでいることは指摘できるだろう。
特にBESやS.L.A.C.K.(表記が転々とするが、現5lack)は与えられたビートに対するカウンターリズムや、グルーヴが崩壊する寸前までタメ、モタらせるスリリングなリズム表現に図抜けたセンスを見せる。KOHHはこうしたフロウのヴィルトゥオーゾの系譜にこそ位置づけるべきだろう。
“トラップ以降”的な譜割りがポップスなど他ジャンルに浸透しても、ラップが“うた”と“リズム”のカッティングエッジを開拓していく構図は変わらないだろう。かつてなくヒップホップがジャンルのプロパーではないミュージシャン、リスナーから注目を集める今、その果実がメインストリームへと通じていく回路は各段に太いものになっている。
先述のようにKOHHをフィーチャーした経験もある宇多田ヒカルの仕事はまさにその点で注目するべきもので、『初恋』(2018年)は刮目すべき達成がさまざま含まれている。この作品についてはまた改めて論じることになるだろう。
■imdkm
ブロガー。1989年生まれ。山形の片隅で音楽について調べたり考えたりするのを趣味とする。
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