桑田佳祐の音楽愛とエンターテイナーとしての矜持 『ひとり紅白』は何が図抜けているのか
そして2つ目は、桑田佳祐の歌手としての圧倒的な底力だ。
普段、サザンオールスターズでもソロでも、基本的に桑田佳祐が歌うのは自作の曲がほとんどだ。なので基本的に彼の歌声は「桑田節」としてのメロディや言葉と紐付いている。しかし「ひとり紅白」では、ほぼ全てが他人の曲。つまりはシンプルに歌手としての力量が表に出る機会なわけなのだが、そこで痛感するのは彼の歌の卓越した表現力。歌いまわしを原曲に寄せたり、あえて変えたり、女性のために書かれた曲を男性として歌ったり、そういう「歌手・桑田佳祐」としての真骨頂が見られるステージにもなっている。
加えて、幕間のおふざけ的な人形司会者のアテレコのやり取りや、サザンオールスターズのメンバーが勢揃いで歌うドリフターズや、大トリで和田アキ子の楽曲を歌唱するお祭り騒ぎ的な展開や、いちいち挟み込んでくるユーモラスな展開も興味深い。正直、かなりストイックなことをやっているのだから、そういう見せ方に徹しても誰も文句は言わないはずなのに、おどけた演出をちょいちょい挟んでくる。そういうマインドも「桑田佳祐らしさ」なのかもしれない。
そして3つ目のポイントは、桑田佳祐の鋭い音楽的感性と時代への目配せだ。
筆者としては、「ひとり紅白」の最大の見どころは、第3回の本編ラストに披露されたカミラ・カベロ「Havana feat. Young Thug」(2017年)の歌唱だと思っている。この曲は2019年のグラミー賞のオープニングでリッキー・マーティン、J.バルヴィンをゲストにパフォーマンスされた楽曲で、つまりは今のラテンミュージックの世界的な盛り上がりを象徴するようなナンバーだ。その〈Havana Havana〜〉というサビのフレーズを〈駄目なバナナ〜〉として替え歌にして歌う。
しかもそれを歌うのは「ポルノ俳優からバナナ農園勤務へと転身した男=神良壁郎(かみら・かべろう)」という設定だ。つまり“バナナ”を下ネタのモチーフにしつつセーフセックスを呼びかけ「Act Against AIDS」のテーマを回収するという仕立てである。
これには本当に脱帽した。
以前にも当サイトで「ヨシ子さん」とリアーナやドレイクなどダンスホールポップの同時代性を指摘したことがあるのだが、(参考)それと同じく、グローバルな音楽シーンの同時代性に対しての極めて鋭いアンテナを感じる選曲である。
たとえば第2回の「ひとり紅白」では、レディ・ガガ「Born This Way」を“ジジイ・ガガ”になりきって三波春夫の「東京五輪音頭」とマッシュアップしているのだけれど、そこにも同じく、音楽的に鋭い感性を感じる。
加えて、こうした選曲に筆者が感じたのは、歌謡曲を単なる懐メロにしないという桑田佳祐の思いだった。
そもそも、戦前の和製ポップスから歌謡曲に至る日本の大衆音楽の歴史は、その時点での最先端だった様々な洋楽の影響を翻案することで生まれている。歌謡曲というのは一つのジャンルではなく、その向こう側にスウィングジャズやビッグバンドジャズがあったり、サンバやマンボのようなラテンミュージックがあったり、ハワイアンやソウルやディスコがあったりする。
そう考えるならば、桑田佳祐がカミラ・カベロをカバーするというのは、すなわち「最新型のラテン歌謡」なわけである。
そして、最後に。いろいろ分析して書いてきたけれど、何よりすごいのは、そういう歴史を踏まえた3時間以上にわたるステージを、観客がただただ何にも考えなくてもシンプルに楽しめるエンターテインメントに仕上げてしまう桑田佳祐のエンターテイナーとしてのパフォーマンスだ。
つくづく、金字塔的な試みだと思う。
(文=柴那典)
■桑田佳祐 – 「ひとり紅白歌合戦 名迷場面集」(『Act Against AIDS 2018「平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦」』トレーラー②)
■リリース情報
『Act Against AIDS 2018『平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦』』
発売:2019年6月5日(水)
・初回限定盤
Act Against AIDS 2018『平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦』 〜ひとり紅白歌合戦三部作 コンプリートBOX – 大衆音楽クロニクル〜
※三方背ケース・デジスタック仕様、コンプリートブック付
Blu-ray(3枚組):¥19,800(税抜)
DVD(6枚組) :¥19,800(税抜)
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