大野雄二が語る、ジャズに対する飽くなき探求心 「色んな面白さが無限に詰まってる」
「僕の一番のお師匠さんはCM作曲家」
ーー満足してはいけないってことですね。本書には大野さんによるディスクレビューも掲載されています。選盤のポイントは。
大野:自分がずっと聴いてきて、良いと思っているものを集めたよ。本当はもっとたくさんあったんだけど、これも全部出せば良いってわけじゃないなと、大分カットした。長くなりすぎちゃうからね。その代わり、ジャンルはけっこう広くなってると思うよ。
ーーたしかに、ジョン・コルトレーンやレッド・ガーランドもあれば、スティーヴィー・ワンダー、キャロル・キングなども紹介されていました。
大野:お酒にも言えることだけど、お師匠さん的な人がいると、無駄なく早く良いものが選べるようになるよね。少しおこがましいけど、僕がその役を務めようかと思ってね。
ーー大野さんにもお師匠さん的な人はいるんですか?
大野:いないね。強いて言えば、色んなジャンルの本かな。変な言い方だけど、僕の一番のお師匠さんはCM作曲家だったってことかな。CMの音楽を作る上で、必然的に色々と聴かなきゃいけない立場だったから。知らない世界へどんどん入って行けたんだもの。
ーーパイドパイパーハウス(南青山にあったレコードショップ)に通っていたんですよね。
大野:そうそう。まぁ確かにあそこの店員さんもお師匠さんと言えるかもしれないね。当時、あの場所にいた人たちは新しい音楽の先駆者だったから。ひとつのジャンルを追求していた人たちがたくさんいたからね。
ーーレビューを読むと、大野さんがプロデューサーやディレクターも重視されていたことが伝わってきます。
大野:そこに注目したほうが、自分の趣味に合った作品を見つけやすかったからね。好きなアーティストの作品で見つけたプロデューサーが他の人との作品でも良いセンスしてるなーと思ったら、どんどんそのプロデューサーの作品を聴いていくんだよ。すると、今まで知らなかったアーティストとも出会えるし、どんどん広がっていくからね。
ーー例えば、ジャズ人気の一般化に貢献した音楽プロデューサーのクリード・テイラーは本の中でも度々出てきていますね。
大野:ブルーノートのアルフレッド・ライオンはやっぱり堅いんだよ。ジャズのやり方もレコードの出し方も。おそらくクリード・テイラーもブルーノートを聴いて育ってきたとは思うんだけど、さっき僕が言ったようなちょっとした“我慢”ができる人だった。ジャズプレイヤーがどうすれば売れるのか、よりポピュラーにしていくことを自ら進んでやっていったんだ。で、彼はA&Mっていう会社で<CTIレコード>っていうレーベルを立ち上げるんだけど、A&Mはそもそもミュージシャンが作った会社だったから、自分のポリシーも出しやすかったんだろうね。ウェス・モンゴメリーみたいなプレイヤーを次々にスターとして輩出していった。ボサノバを広めたのもクリード・テイラーだからね。“売れるものしか作らない奴”って軽く見られがちなんだけど、僕はね、クリード・テイラーはリアルジャズが大好きだからこそ、そういう売り方をしていったんだと思うんだ。ジャズミュージシャンの底上げだね。
ーーミュージシャンの見せ方を変えることで、スタープレイヤーに育てていった、と。
大野:ジャズミュージシャンは自分の見せ方が下手だから、スタン・ゲッツもフレディ・ハバードにしても、一人でいると単なるジャズの世界で上手いプレイヤーってだけで終わっちゃう。それじゃあまりにももったいないし、ジャズが好きだからこそもっと有名にしてあげたいという情熱があったんだと思う。
ーーそういうプロデューサー的な視点は大野さんも持っていますよね?
大野:考え方の柱になっているのは、CDやLPをいっぱい出せる状況にしたいということ。アバウトイコール、人気者になるってことさ。でも、売れないものをたくさん出しても意味がないから、ちゃんと売れる可能性のあるものを作ろう、と。かと言って、「売れりゃあいい」みたいな気持ちで作ってはダメだけどね。
ーーそこは難しいところですね。
大野:例えば川があったとして、売れてる側(ポピュラー)と売れないけど好きにやってる側(ジャズ)とに分かれてて、そこにそれぞれのファンがいたとする。好きにやってる側が売れてる側にいくのは簡単なんだよ。売れるようなものを作るだけだから。でも、それじゃあ意味がないし、かと言って頑なに好きなことをやり続けるだけでもダメ。好きにやってる側に身を置きながらも、売れてる側のファンを自分の方に渡ってきてくれるようなこと(ちょっとした我慢)をしなくちゃいけないの。
ーー自ら売れてる側に行ってはいけないと。
大野:もし芸術を追求したいというなら自分が良いと思ったことをずっとやってればいいんだけど、売れないより売れた方がいいって言うなら、カッコつけないでそう言えよって話。僕がやっているLupintic Sixは、クオリティを保ちながら、それを分かりやすく伝えることが大切だと思っていて。選曲、1曲の長さ、ソロの内容、お客さんに対するサービスは、ある程度考えるようにしているね。譲れない一線はあるけどね。
「世間と逆行するようなピアニストが出てきてほしい」
ーーそういう考えのもとで作られているからこそ、本書も広い意味でジャズを楽しむきっかけになるようなものに仕上がったんですね。大野さんは今後、ジャズがどのように発展していくと考えますか。
大野:かつてのジャズと現代のジャズでは、すでに考え方が違うものになっているよね。戦後、日本でジャズがポピュラーになってきた頃は、いわゆるスウィングジャズと呼ばれるものが主流だった。一方、同時期のニューヨークではビバップがミュージシャンの中で流行っていたけど、これはまったく商売になるようなものではなかった。チャーリー・パーカーやバド・パウエルが出てきてモダンジャズを芸術化していくことで、ある種ジャスは死んでしまった。つまり人気がなくなってしまったんだ。それまではグレン・ミラー、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシー、デューク・エリントンなどのフルバンドやオーケストラがいて、ポピュラリティーを持った踊れるジャズが主流だった。それがモダンジャズによって、音楽的なクオリティは上がったけど、ポピュラリティーは下がっちゃった。
ーー芸術性が高まっていった。
大野:ただ、同じ頃アメリカでは黒人の間でR&Bやソウルミュージックが出てきて、それはジャズの4ビート系の音楽からすごい影響を受けてたんだ。でも、エルヴィス・プレスリー等のスーパーロックスターが人気者になった頃からジャズの影響力はどんどん薄れていく。ポピュラー音楽はリズム面でも8ビート16ビートと進化していくしね。スティーヴィー・ワンダーはジャズとソウルの要素も持っているけど、彼自身の考え方がすごく新しいから独自のスタイルで音楽を作っていたし、Earth, Wind & Fireのモーリス・ホワイトも元はラムゼイ・ルイスと一緒にやってるからバンドにも少なからずジャズの影響はあったと言えるけど、そういう流れの中でリズムがどんどん進化していったから、4ビート感は減っていった。一方リアルジャズとしては、チャーリー・パーカーやハービー・ハンコックの音楽からみんな勉強を始めるわけだから、どんどん頭でっかちな人が続いてくことになるわけで……。
ーーではジャズに影響を受けたポップミュージックが広まる一方で、リアルジャズ、4ビートはまた盛り上がると思いますか。
大野:4ビートが希少価値になれば、それはそれで長持ちするんだよ(笑)。狭いけど。だから、世間と逆行するようなピアニストが出てきてくれると楽しいね。50年代のジャズを参考にしたビーバップやハードバップしか好きじゃないみたいな。なかなか難しいだろうけどね。みんなそこを知らずに育ってるだろうし。
ーー大野さんとしては、若いミュージシャンにどんなことを望みますか。
大野:プレイする前にどれだけ情報を整理できるのか。人間って余計なことをしちゃうから、僕も未だに音数を減らそうと思っても、なかなか減らせないんだよね。色んな情報をいっぱい知っているのはいいことだけど、それをごちゃごちゃ出すんじゃなくて、圧縮して一番いい状態のダシにして出せばいい。結局大事なのは、シンプルに丁寧に1音1音を大切に出すってことかな。あとは「間」だね。マイルスやカウントベイシーの間。ただ休めば良いってもんじゃないんだよね。これが一番難しい。
(取材=神谷弘一/構成=泉夏音)
■ライブ情報
Yuji Ohno & Lupintic Six
11月10日(土)長崎・波佐見町総合文化会館 ウェイブホール
11月11日(日)長崎・佐々町文化会館 大ホール
12月1日(土)埼玉・サンシティ越谷市民ホール 大ホール (with Fujikochans)
12月8日(土)鹿児島・宝山ホール
12月15日(土)新潟・越後妻有文化ホール
12月23日(日)香川・三木町文化交流プラザ メタホール
12月24日(月・祝)岡山・CRAZYMAMA KINGDOM
12月26日(水)大阪・新歌舞伎座 (with Fujikochans)
12月30日(日)愛知・ブルーノート名古屋
2019年
2月15日(金)高知・高知県立県民文化ホール オレンジホール
大野雄二トリオ
10月29日(月)東京・新宿J
11月1日(木)神奈川・鎌倉ダフネ
11月15日(木)東京・御茶ノ水NARU
11月25日(日)神奈川・Motion Blue YOKOHAMA
11月29日(木)東京・新宿J