冨田ラボが俯瞰する、日本の音楽シーンの今「Jポップの構造を再考すべき時が来ている」

冨田ラボが語る、音楽シーンの“今”

コンピューターには演奏を通して伝えられるものと同等の異質な表現がある 

ーーじゃあ、それ以降のラップ曲、例えばRyohuさんとのコラボはスムーズに?

冨田:Ryohuさんとの楽曲は、またちょっと変わっていて。chelmicoは女性ラッパーだから、男性も入れようというのは早い段階から決まっていたんですけど、誰にするかはなかなか決まらなくて。当初はchelmicoの時のように、男性ラッパー用のトラックを作ろうと思ってたんだけど、スタッフと雑談しているときに「インスト曲作ってその中にラップ・パートもある、みたいなのもいいよね」とか思って。だったら、いろんな展開がある長いインスト曲を作って、それを分割してインタールードにしたら、アルバムの統一感が出るんじゃないかと思ったのね。で、そのどれかをラップ・フィーチャーの曲にしたらいいなと思って。

 なので、実はRyohuさんをフィーチャーした「M-P-C」や「Interlude 1」、「Interlude 2」、「Outroduction」のトラックは、どれも7分弱のインスト曲だったんです。そのインスト曲をまんまRyohuさんに渡して「前半部分にはラップをお願いしたい。あとは思いついたところあれば」みたいに打診しました。彼からは前半部分のデモを送ってもらったんだけど、録音当日になってさらにリリックを書いてきてくれたんですよ。あとは即興でガヤとかも入れてくれたんで、当初の予定以上にラップ・フィーチャーなアルバムになりました。

ーー結果、Ryohuさんがこのアルバムをナビゲートしているような、重要な役割を担うようになっていますよね。

冨田:そう、まさにナビゲーターだね。そうなったのにはもう一つ理由があって、Ryohuさんにラップをお願いした時に「テーマとかありますか?」と聞かれて。それで、アルバムタイトルのことをざっくりとだけど伝えたんですよ。そうしたら、それに沿った示唆的なリリックを書いてくれたので、おっしゃるようにストーリーテラー的な役割も担っている。

ーーインストといえば、「Introduction」は狂ってますよね(笑)。The Beach Boys『Smile』の21世紀バージョンというか。

冨田:ああ、確かにThe Beach Boysっぽいね! コーラスをかなりサンプリングしているからそう聴こえるのかも。あの曲は、マスタリングの前日に思いついて作ったんです。最初から「コンセプチュアルなアルバムを作ろう」という強い意志があったわけじゃないのだけど、今話したようなRyohuさんとの一件があって、すごく一貫性のあるアルバムに結果なりつつあるなと思った時に、「あ、こういうアルバムにはイントロダクションがあるべきだな」と、ギリギリになって気づいて。ほら、作業を詰めてやっていると、なかなか全体像って俯瞰できないじゃないですか。

ーーそうですよね。

冨田:で、イントロダクションは収録曲の断片をサンプリングして作っているんです。ある曲のコーラスと、ある曲のベース、ある曲のコーラスを組み合わせて。あと、ほんの少しのシンセとサンプリング素材を重ねて完成させました。

ーーReiさんの曲もぶっ飛んだエキセントリックな曲です。

冨田:あの曲は、最初バキバキのエレクトロ路線だったんです。でも歌入れ後にちょっとエレクトロから離れようかと思ったんですよね。アルバム内でのバランスとか歌との相性かな。どんな風にしようか考えながら、いろんな音楽を聞いたり動画サイトを漁ったりしているときに、鼓笛隊みたいな、スネアやタム、バスドラが何人もいる「ドラムライン」をやったら面白いんじゃないかと思ったんです。最近のアメリカのドラムラインってすごいんだよ、ヒップホップっぽいビートとかもやっていて。ちょっと訛らせたようなビートも大人数でやるからわけわかんなくて(笑)、でも本当にカッコよくてね。この曲はそこまで訛らせてはいないんですけど、ドラムラインの人数感がすごく面白いと思ったんです。

ーーメインリフの、あのサーランギー(インドの古典楽器)のようなエスニックな響きが病みつきになりますよね。

冨田:でしょう?(笑)。あれはボイスシンセですね。あの不思議な音色とドラムライン、それから吹奏楽の組み合わせがしっくり来たんです。アレンジが定まるまで結構行ったり来たりしたのですが、最終的に満足のいく仕上がりになりました。

ーー「OCEAN feat. Naz」も驚きました。Nazさんはまだ18歳なんですね。

冨田:冨田ラボは1st『Shipbuilding』を出したときから、まだデビューしていない無名のシンガーをフィーチャーしたいという思いがあったんですよ。でも、なかなか「これ!」という人がいなくて。彼女は、『Xファクター』(イギリスのリアリティ音楽オーディション番組。Nazは2014年『X FACTOR OKINAWA JAPAN』に出演)の映像を観たときにピンと来たんですよね。

ーー「無名のシンガーをフィーチャーしたい」と思ったのは何故ですか?

冨田:普段のフィーチャリングって、ある程度名前の通った人だから、その人たちの今までの作品を聴いて「だったら、冨田ラボではこんな曲を歌ってもらおう」みたいに考えることが多いわけですよね。でも、無名のシンガーなら、その人の「声」を聴いて純粋に「こういう歌を歌ってほしい」という思いを反映させやすいわけです。実際、Nazさんの声を聴いた時に、「こんな歌を歌ってほしい」というイメージはすぐに浮かんだんですよね。まあ、実際にそれを形にするまでには、いつも通り時間がかかったわけだけど(笑)。

ーーレコーディング経験もまださほどない彼女に、冨田さんはどんなアドバイスをしたのですか?

冨田:最初、この自宅スタジオに仮歌を録りにきてもらった時、その時点で素晴らしかったのだけど、「発声やニュアンスはすごくいいから、練習のときには機械的に音程とリズムだけ意識してみて。で、本番ではそれを完全に忘れて歌ってね」みたいなアドバイスをしたんです。そうしたら、数週間後のレコーディングでは、驚くほど上達していて。

ーーもちろん、彼女の吸収力もずば抜けているんでしょうけど、冨田さんのアドバイスも彼女にとって適切だったのでしょうね。あと、七尾旅人さんの起用は、今回のラインナップからしたら異色な感じがしたのですが。

冨田:以前から七尾さんの声がすごく好きで、実は過去作でも人選で何度か名前は出ていたんです。七尾さんって、音楽的にはフォーキーな側面が強いと感じるんだけど、実は宅録の人だったり、すごく歪ませたものがあったり、エレクトロ要素が入ったりと表現の振り幅が広い。伝えたいメッセージに合わせた振り幅だと思うんだけど、サウンドがどうであっても彼の声が入ってくるとすべてにリアリティを感じる。そこに強く惹かれてましたね。制作はお会いしないまま電話とメール、データのやり取りだけで完成させたんだけど、今度ライブでご一緒できるので今から楽しみですね。

ーー今回アルバムを作っていく過程で、どんなことに気づきましたか?

冨田:今作に封入した「ダイアリー」にも書いたのですが、「演奏されていても、されていなくてもどちらでもいい」ということは常に思ってましたね。今までの反動からか、作り始めには「されていない方がいい」に寄ってたくらいに(笑)。もちろんどちらにするかは最善の方法を選ぶんだけど、音楽を左右するのはそこじゃないっていうのは何度も思いました。でもね、肉体を介在しない方に寄っていたと言ったって、ついこの間まではマシーンを模した演奏に興奮していたわけだしね。冒頭の話に戻っちゃうけど、コンピューター登場からだいぶ経った今の耳はそういった差異も楽しめるようになったけど、すでにそれさえもどうでもいい、ともなる。特に録音物という耳だけで鑑賞するものに関しては、コンピューターには演奏という行為を通して伝えられるものと同等の、だけど異質な表現があるというのは再認識しましたね。

ーー『M-P-C』のバランスでは、今回はMとCの比重がかなり増えたと。

冨田:そうですね、以前よりは。でもレコーディング中盤以降には演奏を選ぶことが増えたし、こだわりなく瞬間瞬間で新鮮な方を選べるようになったかな。おかげで、いま最適なバランスになったと感じています。

(取材・文=黒田隆憲)

■リリース情報
『M-P-C “Mentality, Physicality, Computer”』
発売:2018年10月3日(水)
完全生産限定盤(CD + Blu-ray + BOOK) ¥5,800(税抜)
通常盤(CD)¥3,000(税抜)

参加アーティスト(収録順) : Ryohu(KANDYTOWN)、長岡亮介(ペトロールズ), chelmico、Kento NAGATSUKA(WONK)、Naz、Rei、七尾旅人、吉田沙良(ものんくる)、Lori Fine(COLDFEET)※作詞, 鴨田 潤(イルリメ / (((さらうんど))))※作詞、角田隆太(ものんくる)※作詞、Ei Kaneko ※Artwork

<収録曲>
1.Introduction
2.M-P-C feat. Ryohu
3.パスワード feat. 長岡亮介
4.アルペジオ feat. chelmico
5. Interlude 1 feat. Ryohu
6. Let it ride feat. Kento NAGATSUKA
7. OCEAN feat. Naz
8. POOLSIDEDELIC feat. Rei
9. Interlude 2 feat. Ryohu
10. rain on you feat. 七尾旅人
11. 緩やかな毒 feat. 吉田沙良
12. Outroduction feat. Ryohu

※Blu-ray:M-P-C RECORDING DOCUMENTTARY
9カ月に及んだレコーディングを密着撮影し、冨田を中心に全参加アーティストのインタビューを交えたドキュメンタリー。制作秘話を語り、長岡亮介との対談や、スタジオで一人作曲を行う冨田を撮影した貴重な映像も収録している。約47分収録。

※Book:M-P-C RECORDING DIARY
冨田恵一本人が執筆したM-P-C RECORDING DIARY BOOK。冨田と各アーティストらが当時どのような状況で、作曲・アレンジを考え、またどのような楽器・機材を使用していたがわかる。歌詞と一部譜面も掲載している。124P掲載。

■ライブ情報
『冨田ラボ 15th Anniversary LIVE < M-P-C “Mentality, Physicality, Computer” >』
11月2日(金)東京・マイナビBLITZ赤坂
ゲストシンガー第一弾&第二弾発表(五十音順) : AKIO、安部勇磨(never young beach)、城戸あき子(CICADA)、Kento NAGATSUKA(WONK)、坂本真綾、髙城晶平(cero)、chelmico、長岡亮介(ペトロールズ)、Naz、七尾旅人、bird、堀込泰行、吉田沙良(ものんくる)、Ryohu(KANDYTOWN)

オフィシャルサイト

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