常識を超えたテレビ番組『速度の音楽。』の”挑戦的な試み”に迫る
「変わる、フジ 変える、テレビ」これは、この春フジテレビが発表した新キャッチコピーだが、4月にスタートした音楽番組『速度の音楽。』(フジテレビ系)は、それを体現しているといっても過言ではない。
同番組は、JRA日本中央競馬会が提供する毎週木曜の夜のミニ枠で、鼻を塗った3人組・H ZETTRIOが唐突に登場し、誰もが知る名曲をエキセントリックなジャズ風のアレンジでカバーし、ミニ枠なので1曲を演じきることはできず、唐突に番組は終了する。
4月5日に放送された初回ではラッツ&スター「め組のひと」、12日には米米CLUB「FUNK FUJIYAMA」、19日は久保田利伸「流星のサドル」、26日は決して彼ら世代ではないが、昭和フォークソングの代名詞ともいえるかぐや姫の「神田川」を堂々カバー。いずれも原曲の良さを残したまま、再構築した見事な再構成ぶりだった。また、競馬場のさまざまなスペースを活用した「超高速」演奏で「レースの速度=音楽の速度」を体現していた。リアルサウンドでは今回、そんな番組の収録現場に潜入。監督や本人たちのコメントなども交えながら、挑戦的な番組の舞台裏に迫った。
H ZETTRIOは、H ZETT M (Piano / 青鼻)、H ZETT NIRE (Wbass / 赤鼻)、H ZETT KOU (Drum / 銀鼻)からなるピアノトリオで、2016年のリオデジャネイロオリンピック閉会式における「フラッグハンドオーバーセレモニー」で楽曲が起用されたり、ここ1、2年はCMなどでも楽曲を耳にすることも多い。彼らがフジテレビとタッグを組んで立ち上げた“常識を超えた音楽番組”が、『速度の音楽。』というわけだ。
常識を超えた、というのはなにも、番組が唐突に終わることだけではない。関東ローカルであるこの番組は、放送が発表された時点で日本中から全国放送を望む声が寄せられたが、初回放送終了直後、番組のインスタグラムがストーリーで”sokudonoongaku.com “という謎のアドレスを告知。そのアドレスを開くと、webページ上に”アナザーカットバージョン”、”360VRバージョン”のYouTubeリンク、という、演奏の2種類のフルバージョン映像が見られるようになっていた。取材して分かったことだが、このフルバージョン、実はオンエアで使用したカットは1つも使っていないのだ(どうやらテレビ局側のルールの都合上、こういう編集手法になったらしい)。
収録前に監督を務める川村ケンスケ氏と、番組構成のエムP氏の2名に話を聞いた。この番組は「生演奏を録音してそのまま見せちゃおう」というポリシーのもと、1回の放送分につき、2テイクしか撮影をしないのだという。川村氏はこれまでもH ZETTRIOの作品に携わってきており、エムP氏も川村氏をきっかけにH ZETTRIOの持つ魅力に惹かれていったそうだ。
そんな2人が番組を作る際に心がけているのは、「より多くの人に見てもらえる、『攻めた内容』のテレビの音楽番組」を作ることだという。とはいえ、深夜の5分番組では、見られる人も限られるのではないか。2人にその疑問をぶつけると、エムP氏は「視聴率だけで考えないようにしているし、いま最も重要な施策と思われる『ネットとの融合』をどうすれば実現できるか考えた」と語る。そこで考え出されたのがYouTubeでの「各種未公開映像の公開」だった。
先述の、通常の「編集で使われる」カメラとは別の360VRバージョンとして、撮影時に設置された7台のVRカメラで収められた7つのVR映像の中から、一つの映像がセレクトされ、YouTubeにアップロードされる、ということがその例だ。
また、一切の編集ができないこれらのVR映像は、映像を作る側としては、ある種の冒険であった。なぜなら視聴者は「視点」を自由に動かすことができ、よって、見ることのできる内容は「視聴者側に委ねられ」てしまうからだ。川村氏はこの取り組みについて「普通なら監督の仕事は撮って編集した時点で終わりだけど、今回のような実験的なやり方は、放送してから、完成してから、公開してから、が勝負になる。それが面白い」と目を輝かせながら語ってくれた。
そして、H ZETTRIOはこの番組において乗馬服(勝負服)を着ているが、この演出にもしっかりとした理由があるらしく、エムP氏が「競馬の世界には『人馬一体』という言葉がありますが、彼らが飛んだり跳ねたりして楽器を演奏する様は、まさに『人楽一体』。ある種アスリートのようなんですよね」と明かしてくれた。
取材を経て、いよいよ撮影現場へ。まずは外側から見ているだけでは気づかない、謎の地下道に案内されると、そこにライトを当てての撮影がスタート。この地下道、実はレースに出る前の馬を輸送するためのものだという。こういったレアな現場を見ることができるのも、この番組の見どころの一つだ。そんな環境のなかで披露されたのは、ピンク・レディー「UFO」のカバー(5月放送予定)。この曲もまた、これまで同様、いや、これまで以上に原曲がわからなくなる複雑なアレンジから、誰もが聴いたことのあるフレーズに戻ってくる。
収録の合間にH ZETTRIOに話を聞くと、やはりこの曲はキーとなるフレーズがあったからこそ、大胆に冒険できたのだという。選曲についても、H ZETT NIREが「インストゥルメンタルでやってみると、またちょっと違った魅力が出てくるかなと思っているし、若い人は『こういう曲あったんだ』と感じてもらえたら嬉しい」と語り、H ZETT Mも「やりたい曲ーーメロディがきれいな曲がいっぱいあるので、アレンジしがいがありますし、曲にラテンやファンクといった要素が混じっていたりするので、それらを自分たちなりに分解するのが楽しい」、H ZETT KOUは「アレンジを決めていても、音を出しているうちに化学変化が起こって、演奏も変わっていったりする」と、その裏側を明かしてくれた。
続いて案内されたのは、観客がレースを見守るスタンド。こちらでは中森明菜「ミ・アモーレ」を大胆にリアレンジ(5月3日放送予定)。原曲で松岡直也が弾いていたラテン調のグッドメロディが際立つ編曲で、たしかに楽曲の持つ別の魅力や、裏側に潜んでいたテクニカルな要素が、彼らの原曲への愛と共に再び浮かび上がってきている。
この2曲を撮影しロケは終了となったが、約半日密着して感じたのは、先の川村氏やエムP氏を含め、細部まで決して妥協を許さないスタッフと、H ZETTRIOの音楽家としてのレベルの高さ、そしてチーム全体で今までにない挑戦的な音楽番組を作ろうという姿勢。それらが一丸となってトライするからこそ、これほど攻めたクリエイティブが届けられるのだ。番組はまだ始まったばかり。今後はどのようなカバー曲やWEB施策が取られるのだろうか。
(取材・文=中村拓海)
■番組情報
『速度の音楽』
毎週木曜 22:54~23:00より、フジテレビ(関東ローカル)にて放送中。
番組公式HP