柴 那典の新譜キュレーション 第4回
ビヨンセ、アノーニ、SKY-HI…… 社会性を備えたコンセプチュアルな最新アルバム5選
一方、ケンドリック・ラマーが3月初旬にリリースした『untitled unmastered.』は、アルバムや楽曲のタイトルにも「この作品は未発表のアウトテイク集である」という意志表示を明確にしたもの。
とはいえ、これだけ注目が集まったタイミングで、聡明な彼が単なるボツ曲をリリースするような無策なことはしないはず。『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』と同じレコーディング・セッションで制作されただけに、サウンドの基本的な方向性は共通なのだが、より多様さを持ってブラック・ミュージックの先鋭を追求する楽曲が並ぶ。ロバート・グラスパーが参加した5曲目などは相当にスリリングだし、シー・ローが参加した6曲目のポップな響きもたまらない。リリックのシリアスな洞察も彼の才能を示すもの。
これを経て『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』を聴くと、あのアルバムは一つのテーマを前面に押し出すために多彩な音楽的挑戦からあえて「抽出」されたものなのだということが改めて伝わってくる。前作を補完する役割を持たせた一枚と言える。
5月にリリースされたばかりのアノーニ『Hopelessness』も、素晴らしいアルバムだ。サウンドの先鋭性、シリアスな問題意識、そして歌声の持つ崇高な響き。いろんな意味で、研ぎ澄まされた音楽が形になっている。
「アノーニ」とは、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズとして活動するアントニー・ヘガティの新しい名義。トランスジェンダーであることを公言している彼女らしい中性的な響きを持つ名前だ。
新作は、ハドソン・モホークとワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとのコラボレーションによって作り上げられた一枚。気鋭の才能二人が手掛けただけあって、全編に迫力と深遠さを併せ持つエレクトロニック・サウンドが響く。アノーニ自身のソウルフルな歌声も聴き応えがある。
そして、アルバムのテーマも非常に刺激的だ。冒頭の「Drone Bomb Me」は、タイトル通り、ドローン爆撃による「新しい戦争」の悲劇を描く一曲。(動画はこちら)
他にも気候変動をテーマにした「4 Degrees」や、オバマ政権への失望を表明する「Obama」など、今の社会が直面する数々の政治的な問題をダイレクトに歌い上げていく。そして終盤の「Crisis」や「Hopelessness」では、自分自身も複雑に絡み合った問題の加害者の一人であることを問いただす。
まさに「ホープレスネス」。希望なき時代を射抜くアルバムになっている。
というわけで、ここまでUSのミュージシャンの新作を紹介してきたが、日本においてはどうだろうか。アルバムを1枚のトータルな作品として成立させ、かつ個人の葛藤と社会の断層を同じパースペクティブでえぐり出すような表現に挑むミュージシャンはどれほどいるだろうか。少なくともメジャーシーンに属しヒットチャートに作品を送り込むような活動を繰り広げるようなアーティストの中では、かなり少ないと言わざるを得ない。
そんな中で、明確に「ケンドリック・ラマー以降」を意識し、そのことをインタビューなどでも発言しているのがラッパーのSKY-HIだ。
今年初頭にリリースされた彼の2ndアルバム『カタルシス』は、一つ一つの楽曲がアルバム全体のストーリー性を構築するコンセプチュアルな一枚。サウンドとしては躍動感を持ったポップなトラックが多いが、アルバムの根底にあるテーマは彼の死生観。タイトルは「カタルシス」と「語る死す」のダブルミーニングだ。中盤には夭折した友人を歌う「LUCE」のような曲もある。
アルバムを通して描かれるのは、孤独や閉塞を「君と僕」というミクロな関係の充足で乗り越えていくストーリー。そことマクロな「世界」とが直結する。いわば、社会の中間領域が意図的に切断された“セカイ系”的な物語と同じ構造を持っているアルバムだと言える。そして、その背景には人種や階級のような明示的な断絶が少ないかわりに、同調圧力と疎外が生きづらさに結びつく日本ならではの風潮が息づいている。
個人的には、彼には次のフェーズでさらにその先を描いてほしいと期待している。5月11日には早くもニューシングル『クロノグラフ』がリリースされる。